チーズケーキ大作戦 その1
「うん、うまい」
一口食べて、くせ毛の少年はトコトコとその場を離れる。
しばらくして。
「わぁ! おいしそう! 食べかけだし、一口……一口だけ……」
幼い少女も一口つまみ食いしてその場を離れる。
またしばらくして。
「お? コレ、食いかけじゃねーか。誰も食わないんならもらってもいいよな」
ぱくり、と今度は怖い顔の少年が食べる。
さらにしばらくして。
「これって……」
そして。
それからまたさらにしばらくして――
買い出しに行っていた俺は、探偵事務所に戻ってきた。
今日は休日ということもあり、探偵事務所には少年探偵団のメンバーが来ていた。
みんなはだらりとくつろいでいる。
俺は、少年探偵団のメンバーにお留守番を頼んで買い出しに出かけて、ちょうど戻ってきたところだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「おかえりなさいです、開さん」
金髪ツインテールの少女――鈴ちゃんと、ツーサイドアップの小学生の女の子――ノノちゃん。ふたりが出迎えてくれた。
出迎えるでもなくお昼寝している作哉くん。
そして凪はゲームをしていた。
凪はゲームから顔を上げる。
「開、ちょっと開の借りたからね」
「ああ、うん」
俺のデータ使ってモンスターを交換したりとかしたんだろう。
「鈴ちゃん。俺が出ている間、誰も来てないよね?」
「はい。来てないですよ」
「そっか。ありがとう」
買ってきた物を冷蔵庫にしまうため、給湯室に行った。
冷蔵庫にパッパッと詰めていくが、ふと、ある物がなくなっていることに気づく。
俺は給湯室から顔を出し、みんなに聞いた。
「ねえ、ちょっといい?」
しかし凪はゲーム機を持ったまま視線もディスプレイから離さない。
「ごめん、いま手が離せないんだ。目も離せなくてね。またあとでにしてくれ」
「はい、どうぞ。なんですか?」
と、鈴ちゃんが凪のゲームを取り上げて、話を促す。
「ちょっと鈴ちゃん、ぼくいまバトル中なんだ」
「バトルならいつでもできるでしょう?」
「制限時間とかあるんだよ。まあ、ちょっとならしょうがない。バトルは話を聞いたあとにしよう」
その横では、ノノちゃんが寝ている作哉くんをゆすって起こしている。
「起きてください、作哉くん」
「んぁ?」
「開さんがお話があるそうです」
「んだよ、急に改まって。らしくもねェ。朝の朝礼か?」
俺はいちいち全体につっこむのも面倒だったけど、作哉くんには一言だけ言っておく。
「いまはもうお昼過ぎだよ」
「それで、なんですか?」
ノノちゃんに聞かれて、俺は言った。
「いま冷蔵庫を見たら、チーズケーキがなくなってたんだ。誰か知らない? あれ、逸美ちゃんが大事に取っておいたやつだからさ」
一瞬、部屋の空気が固まった気がした。
俺の質問にみんなが固まっている中、凪が軽口で答えた。
「いや~。ぼくは知らないな~。誰かが食べちゃったんだろうね。食べてゴミ箱に捨てちゃったとか?」
む? こいつが犯人か?
俺は凪の言葉に従い、給湯室にあるゴミ箱を見る。
「やっぱり」
そこには、綺麗に食べられて捨てられたチーズケーキの箱があった。
ゴミ箱を手に取り、中身がみんなに見えるようにして、
「ここにあったみたい」
凪はホッと胸をなで下ろす仕草をする。
「なんだ、あったのか。ならよかった。ぼくはバトルに戻るとするよ」
「待て」
「え?」
「え? じゃないっ! あったのはゴミだけで中身はないだろうが! おまえだろ! これ食べたの!」
「ち、違うよ。違くないけど、違うんだって」
「なにがどう違うのか説明してもらおうか」
ゴミ箱を置いて凪の前に仁王立ちする俺に、凪がふざける様子でもなく答えた。
「だから、ぼくは食べたけど、それはたった一口だったのさ。一口食べたらまたしまっておいたんだよ」
「本当か?」
「うん。誓う。神様に誓って断言する。ぼくが食べたのは一口とか二口とか三口だけさ」
「どんどん増えていってんじゃねーか」
「でも、ぼくはゴミを捨てたりなんかしてないよ」
すると、作哉くんがそっぽを向いたまま、気まずそうに言った。
「あ、あのよ。それ、オレかもしんねェわ」
「どういうこと?」
犯人は凪じゃないのか?
「いや、腹が減って冷蔵庫を見たら、たまたまあってよ。食いかけだったし、もう食わないかもしれねェし、ならちょうどいいと思って食ったんだ。でも、ゴミ箱には捨ててねェぜ」
「なんだ、犯人は作哉くんだったのか。いや~、参ったね。うん、一件落着」
くるりと背中を向ける凪の肩をつかみ、こちらに向き直らせる。
「まだ終わってないよ? 凪くん」
「あはは。そうだよね~」
照れたような困ったような笑みを浮かべる凪。
「じゃあ、凪が何口か食べて、その残りを作哉くんが食べちゃったってことだね?」
俺が確認を取ると、ここで、なぜかノノちゃんがトイレでも我慢するような恥ずかしそうな顔で右手を挙げた。
「どうしたの? ノノちゃん」
「あの、それが、実は……」
言いにくそうに、ノノちゃんが説明した。
俺たちは驚く。
「ノノちゃんも一口食べてたの?」
「すみません」
「な、なんだ。ノノもかよ」となぜか安堵する作哉くん。
「ノノちゃん、いくら美味しそうだったからってそれはいけないよ」
「おまえが言うな」
自分のことは棚に上げて調子よく人のことを注意する凪に、俺はつっこんだ。
そのとき、ここまでずっと静観していた鈴ちゃんが、パンと柏手を打った。
「みなさん、言い合っていても仕方ありません。みんなで買いにいくのはどうですか?」
「おお、そうするしかねェだろうな」
「そうですね。ノノも賛成です」
同意する作哉くんとノノちゃん。
俺は鈴ちゃんの小さな表情の変化、笑顔の堅さを見逃さなかった。微妙に引きつっているようにも見えるその笑顔の裏には、おそらく、この子も一口食べちゃったんだろうなっという気まずさが隠されているのだろうと推察できた。
それに、普段の鈴ちゃんなら「先輩が悪いんですから先輩が一人で行ったらどうですか?」と言うところだ。それがみんなでと言うのはらしくない。
「さっそくテキトーに買ってくるか」
勇み足の作哉くんに、鈴ちゃんは考え込むように腕を組む。
「でも、ああいうベイクドチーズケーキはタルトに個性があるものですし、同じのを探し出すのは難しいですよね?」
「そうだね」
と、凪がケロッとした顔で相槌を打つ。
「レモンエキスを生地にまで練り込んでましたからね」
「うむ。そうだったね。ところで鈴ちゃん」
凪に呼びかけられて、鈴ちゃんは凪を見る。
「なんですか?」
「どうして鈴ちゃんは逸美さんのチーズケーキがどんな見た目でどんな味なのか知ってるの?」
そう凪に聞かれて、鈴ちゃんは笑顔のまま固まった。
「同罪だな」
と、作哉くんがつぶやく。
「鈴さん、残念です」
ノノちゃんは寂しそうにつぶやいた。
「なに言ってるのよ! ノノちゃんだって食べたんでしょう?」
鈴ちゃんが恥ずかしそうに顔を真っ赤にして言うが、ノノちゃんはさらりと答える。
「ノノたちは自分から言いましたが、鈴さんは……」
「う……」
これには鈴ちゃんも完全に言葉が出ない。
つまり、最後に食べてゴミ箱に捨てたのも鈴ちゃんだったのか。
やれやれ。
俺が呆れた目で鈴ちゃんを見ていると、凪が小首をかしげた。
「どうした? 凪」
「いや、あれって期間限定の商品だからもう売ってないんじゃないかな?」
全員が一瞬固まって、それから声をそろえて言った。
「な、なんだってー!」
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