チーズケーキ大作戦 その2
逸美ちゃんのチーズケーキ復活対策会議。
普段はとても優しい逸美ちゃんだけど、そういう普段怒らない人ほど怒らせたら怖い。そんなお約束が頭に浮かび、みんな気が気じゃない。
ここでみんなの意見を持ち寄った結果が出た。
俺は宣言する。
「よし! こうなったら、逸美ちゃんが帰ってくるまでに、俺たちでチーズケーキを作ろう!」
「おー」
みんなが拳を突き上げて、俺たちは一致団結しチーズケーキを作ることになった。
ただし、ひとつの弊害がある。
「一応聞いておくけど、みんなチーズケーキ作ったことある?」
「……」
「……」
「……」
「……」
確認のために質問したけど、みんなキョトンとした顔になっている。
「わかった。俺もないし、チーズケーキまで作れる人は多くないと思う。じゃあ、お菓子作りの経験がある人はいるかな?」
しかし、これにもみんなキョトンとした顔のままだ。
一番女子力がありそうな鈴ちゃんも、お菓子作りまではないか。
チラッと鈴ちゃんを見ると、鈴ちゃんは小難しい顔で、
「そもそも、家庭でお菓子って作れるんですか? ああいうのはプロのパティシエじゃないと作れないんじゃ……」
そうだった。鈴ちゃんは女の子らしいけど一般常識に若干欠ける夢見るお嬢様なんだった。
この面子の中で、痛覚がなく力加減が下手くそで細かい作業に向かない作哉くんはなにかのときの買い出し係しかできないとして、鈴ちゃんは期待薄、凪はカレーしか作れない(しかもめちゃくちゃ美味しい)。
唯一期待できるのは、普段から作哉くんと生活していることで、作哉くんにご飯を作ってあげたりと世話しているノノちゃんくらいか。
俺はというと、普通のおかずは多少作れる程度で、お菓子作りは経験がない。お菓子だとレシピ見ないで作れるのはホットケーキくらいのものだ。
少年探偵団の中で一番料理上手でなんでもできる逸美ちゃんがいないいま、頼りになるのは自分だけ。
そんな中、俺たちはチーズケーキを作り始めた。
凪がふざけたり、鈴ちゃんが凪に振り回されて何度もビビらされたりリアクションを取らされたり、作哉くんがなにもせず横から口だけ挟んだり、ノノちゃんと頑張って協力したりして、俺たちはようやくチーズケーキをオーブンに入れた。
「ふう。あとはもう焼き上がるのを待って、冷めたら冷蔵庫に入れるだけだ」
「やりましたね」
俺とノノちゃんは、「イエーイ」と手を合わせる。
凪と鈴ちゃんが遊んでいるけどいまはつっこむ気力もない。凪のいたずらにまた驚かされた鈴ちゃんは、お疲れのため息をつき、オーブンを見にくる。
「美味しそうに焼けるといいなぁ。でも、おうちでお菓子って作れるんですね」
「クッキーとか簡単って聞くよ」
「へえ。クッキーもいいですね! あたしも今回のでちょっとお菓子作りに興味が出ました」
「鈴ちゃんはお菓子作り似合うし、作業が丁寧だから向いてると思うよ」
実際、凪にいたずらされて二人でわちゃわちゃやってないときはいろいろとやってくれて助かったしな。
凪はジト目で俺を見ていたので、俺は聞く。
「なんだよ」
「開って、いつもなんか作ったときの容器についた余りとか食べるよね」
ちょうどいまも口にクリームを運んでいるところだった。俺は慌ててボウルを置く。
「もったいないだろ」
「照れちゃって」
「照れてないし」
凪は呆れたように息をつく。
「別に照れてなくてもいいけどさ。ほんと、プリンやヨーグルトのフタについたのも細かく取って食べる姿は見てられないよ」
「あれって、普通みんな食べない?」
俺が聞くと、みんなそれぞれの反応だった。
「オレは食わねェ。そんなチマチマしたことはできねェな」
作哉くんはそうだろうな。
「ノノは食べますよ。プリンもヨーグルトも大好きなので、ちょっとでも食べたいです」
「だよね!」
やっぱりノノちゃんはわかってる。
「あたしはたくさんついてたらスプーンですくうかもしれないですけど、普段は食べないかもですね」
「ぼくと一緒だ」
と、凪が同意する。
「おまえも食べるんじゃないかよ」
「そりゃあね。ちょっとは食べるさ。場合によるけど」
ちなみに、逸美ちゃんも俺と一緒で食べる派だ。探偵事務所で二人でプリンとか食べるときは、二人してフタについたのまで取って食べている。
そんなどうでもいい会話のあと、しばらくして、オーブンが鳴った。
「できたんじゃないですか?」
鈴ちゃんが最初に立ち上がって、俺たちもオーブンの前に行った。
「うん、開けようか」
俺がオーブンを開けた。
ふわぁっとチーズケーキの良い香りが広がる。
「美味しそうなにおいですね」
「ノノ、食べたくなっちゃいました」
「そうだよ、みんなで味見しようぜ」
「いいな。一口だけでな」
鈴ちゃん、ノノちゃん、凪、作哉くん、と順番に言った。
だが、俺はみんなを手で制す。
「ダメだよ。これは逸美ちゃんに食べてもらうんだから」
「そうか。開が言うんじゃしょうがない。一番頑張ったのも開なんだし、最初の一口は開にあげようぜ」
「サンキュー、凪。じゃなーい! そもそも逸美ちゃんのためのチーズケーキなの!」
そのとき、探偵事務所のドアが開いた。
逸美ちゃんが帰ってきたのだ。
「ただいま~。遅くなっちゃった~」
みんなで給湯室にいたので、戻ってくる。
「おかえり、逸美ちゃん」
みんなもちょっとよそよそしく「おかえりなさい」と言う。
だが俺は、ゴミ箱に捨てたみんなが食べてしまったチーズケーキの箱の存在に気づいた。あのゴミ箱、みんなに見せるためにこっちに持ってきたままだったのだ。
「あら? いい匂い~。お菓子でも作ったの?」
「そ、そうなんだ。逸美ちゃんに食べてもらおうと思って」
「え~。わたし、今日誕生日でもないのに~。でも嬉しいっ」
逸美ちゃんは結局本屋さんではなにも買わなかったようだけど、不自然に置かれたゴミ箱に気づき、その中を見た。
あちゃー。
バレてしまった。
本当は先に謝っておきたかったのに。
……そもそも、考えたら、悪いのはみんなで俺じゃないのになんで俺が一番気を遣って頑張ってるんだ。
急に沸いた葛藤が、逸美ちゃんの一言でなくなることになる。
逸美ちゃんはふわふわした微笑みのまま言った。
「これ捨てておいてくれたの? ありがとう。もう賞味期限切れて食べられなくなっちゃってたから、捨てようと思ってたのよ~」
この瞬間、四人の額に汗が浮かび、青ざめて固まった。
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