熱膨張
お父さんはコップに氷を入れて、麦茶割りを作った。
うちでは本人の作りやすさと味の好みから、お父さんはよくこれをやるのだ。
そんなとき、お父さんは思い出したように言った。
「この前よ、コップに氷入れて、麦茶割りにするかと思ったら、そのタイミングでおバカな後輩が水入れてきたんだよ。かちんってなったね」
凪がお父さんを見て、ほうほうとうなずく。
「いい音したんだろうね」
かちんって音が鳴ったわけじゃねーよ。
現在。
お茶の間では夕飯が終わり、お父さんがおつまみといっしょにいつもの麦茶割りを飲んでいた。
花音が不思議そうに聞いた。
「なんで、氷って水に触れると音が鳴るの?」
「熱膨張のせいだよ」
雑学に詳しい凪がさらりと答えた。
「熱で膨張すると、音が鳴るのか」
なにやらわかっているのかいないのか、花音が納得を示すと、ぐ~とばあちゃんのお腹が鳴った。まだ食べたばかりじゃないか。でも、今日はカレーだったのに、ばあちゃんは小食を演出するために「ごはんちょっとでいいから」と言っていたからな。仕方ない。
凪はばあちゃんを見て、
「今日のカレーは熱かったからね。膨張して音が鳴ったんだ。中和するために、熱すぎないカレーをちょっとだけ食べるといい」
うまい言い分で勧められて、ばあちゃんは軽い腰を上げた。
「そうかい。凪ちゃんもそう言ってるし、ちょっとだけ食べるかな。ほんのちょっとだけ」
まだ食べ足りなかったばあちゃんにしっかり食べさせるきっかけを作るなんて、凪のやつファインプレーだ。
ナイス、と俺と花音が小声で凪を褒めると、凪もグッと親指を立てた。
すると、ばあちゃんがカレー片手に戻ってきた。
しかもなんと、カレーは一食分並々入っている。
さっきだってそれでも半人前以上は食べてたし、あれじゃ食べすぎだ。
まあ、食べないよりはいいか。
ばあちゃんの食後。
食べ終えたお皿を片付けようとばあちゃんは立ち上がるが、その際に、お腹を押さえるようにしてつぶやいた。
「なんか、少しお腹出ちゃったかな……」
凪がばあちゃんの膨れたお腹を見て、ぼそりと言った。
「熱膨張したか」
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