人工衛星
「地球になりたいなぁ」
ぼそりと俺はつぶやいた。
唐突な俺のつぶやきを聞いていた逸美ちゃんが、目を丸くした。
言葉が出てこない様子だったので、俺は逸美ちゃんに聞いた。
「もののたとえだよ? 固まってるけど大丈夫?」
しかし、逸美ちゃんは思いついたようにドヤ顔で答えた。
「開くん、だったらわたしは、金星になるわ!」
「いや、だからもののたとえだよ」
俺は苦笑いを浮かべた。
平日の放課後。
現在、俺は探偵事務所の和室で、逸美ちゃんや凪や鈴ちゃんとのんびり過ごしていた。
凪と鈴ちゃんはというと、ごろごろする凪に鈴ちゃんが絡まれていて、鈴ちゃんも勉強をしたいのにできないでいる。
俺はそんな二人のことは放っておき、逸美ちゃんに言った。
「でも、なんで金星?」
「だって、地球とは姉妹惑星とも言われるのよ。よく似ているからね。わたしは開くんのお姉ちゃんだもん、ぴったりじゃない」
女神ビーナスの名がつく星だし、悪くないチョイスではある。
「でも、どうして地球になりたいなんて思ったの?」
探偵事務所の和室をごろごろ転がっている凪を見て、俺は言った。
「あんな変なやつがいると、なにかと大変でさ。ふと、思ったんだ。なにもしなくていい存在になりたいなって」
「それって、ニート?」
「あれはただなにもしない人。社会からはなにもしなくていいと認められているわけじゃないんだ。そうじゃなくて、存在としてなにもしなくていい物になりたいなって」
「そっか~」
「うん。そんな高尚な悩みだったんだよ」
ほわほわした笑顔で逸美ちゃんが言った。
「けどなんか、太陽の周りを回るのも楽しそうね」
「うん。ただ回っているだけでいいし、うっとうしいことがなに一つないだろうしさ」
と、俺も笑いながらうなずく。
そのとき、凪がガバッと起きて、俺に言った。
「開、地球には衛星がたくさんあるんだぞ。あれはうっとうしいに決まってる」
「そう? 衛星くらい普通だろ」
「なら試してみよう」
凪は押入れを開けてなにやら漁り始めた。
鈴ちゃんは訝しげに凪を見ている。
「先輩、なにをするつもりなんでしょうかね」
「さあ」
と、声をそろえる俺と逸美ちゃんである。
やっと凪が目的の物を見つけたらしく、うれしそうに俺たちを振り返った。
「あったよ」
「なにが?」
問いかけるが、このタイミングで、作哉くんとノノちゃんが探偵事務所にやってきた。ノノちゃんがトコトコと和室に来て、
「こんにちは」
ぺこりと頭を下げる。
「おう。来たぜ」
いつも通りの怖い顔で挨拶する作哉くんに、俺たちもいらっしゃいと返した。
ここで、凪だけが、
「いけー」
と、リモコンを持って俺を見た。
「え、なに?」
すると、プロペラ音が聞こえてきた。
見れば、ヘリコプターのラジコンが飛んでいる。
さっき凪はこれを探していたのか。
凪が操縦するヘリコプターは、俺の頭の周りをぐるぐる回っている。
「うわっ! なにこれ」
俺は顔をしかめる。
だが、凪は容赦なく周回を続ける。
作哉くんは不思議そうに凪を見て、逸美ちゃんに尋ねた。
「なにしてんだ? アイツ」
「さあ。わからないの~」
と、逸美ちゃんは首をひねる。
「まったく、なにすんだよ!」
俺が怒っても、凪はヘリコプターを操縦したままケロッとした顔で俺を見返して、こう言った。
「人口衛星に回られてみろ。こんなうっとうしいことはない」
なるほど。
もう、俺は地球になんてなりたくなかった。
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