予行と尾行 その1
俺は探偵王子。
世間ではそう呼ばれている。
今日はとある依頼によって俺は外に出ていた。
それは尾行である。
探偵といえば尾行と言ってもいいほど、探偵がする仕事の中ではメジャーなイメージだと思う。実際それほど多くはないけどね。
ただ、今日の尾行は彼氏が浮気をしていないかの調査なので、なにもなければそれだけでいい話だ。
「まったく、彼氏がイケメン過ぎて変な女に言い寄られてないか心配で浮気もしてないか不安だから尾行してくれ、だなんて、なに言ってんだか」
文太郎さん。二十一歳。
見ている限り、その彼は全然イケメンでもない。
俺の知っているラインだと、ひげが濃いだけの冴えない普通の大学生良人おおいたよしひとさんよりほんの少しだけ眉の形がいいレベルでしかない。まあ、良人さんよりはマジメそうだな。
お、今度は本屋に入って行くぞ。
その彼――文太郎さんに続いて、俺も本屋さんに入った。
しかし今日は、この尾行の仕事は俺だけで行うことになっている。たいした仕事じゃないから、逸美ちゃんが出るまでもないし事務所で番をしてくれているのだ。こんなつまんない尾行、本当はしたくないんだけど、ある程度写真も撮ったら切り上げるか。
俺は背伸びをする。
「はあ」
本屋さんって静かでいいよな。
この空気はどこか特別で、図書館も好きだけどそれともまた違う良さがある。
目線の端だけでは文太郎さんを追いながらも気分よく歩いていると、なにやら話声が聞こえてきた。
「いやー。いいねいいねー」
「うんうん。たまらないね」
まったく、本屋さんでべちゃくちゃと大きな声でしゃべらないでもらいたいものだね。ああいう人の友達も人目を気にしない空気読めない人なんだろうな。あーやだやだ。
で、どんな人がしゃべってるんだ?
ひょいっと本棚の影から顔を出して見てみる。
雑誌コーナー。
そこにいたのは、二人の男の人だ。一人は少年か?
二人がそろって読んでいた雑誌を戻して、別の雑誌を手に取る。
「こっちもよさそうだな」
「だな」
と、うなずいたのは、俺の友人の柳屋凪やなぎやなぎだった。
顔が見えて俺はズッコケる。
おまえかよ!
「ん?」
凪がこっちを見たけど、俺はさっと隠れる。
危ない。あいつに見つかったら邪魔をされるばかりじゃなく、一日がかりで振り回されてしまう。
ここで凪について軽く触れておくと、凪は俺と同じ少年探偵団のメンバーなのだ。また、情報屋としても活動しているため、探偵をしている俺はその情報のお世話になることもある。しかし基本的には俺の探偵事務所に遊びにきてだらだらしたり人に迷惑をかけるトラブルメーカーでしかない。
またこっそりと凪のほうを確認する。よく見ると、凪といっしょにいるもうひとりは探偵事務所のお向かいさんの良人さんだった。さっき話した普通の人。
良人さんはニヤニヤしながら雑誌をめくる。
「うひょ。こんなきわどいショットが載ってるなんて。たまんないねー。て、いかんいかん。ボクが見たいのはこれじゃない」
「うぴょ。こんな気持ち悪いシュートが載ってるなんて。玉じゃないねー。て、いやんばかん。ぼくが見たいのはこれじゃないか」
凪の意味不明な良人さんの物マネみたいなセリフを聞き、良人さんは凪を見る。
「て、凪くん!? いつからいたの?」
なんだよ。良人さん、凪の存在に気づいてなかったのか。
が。
今度は凪が後ずさって、
「え!? そっちこそ」
そっちこそじゃねーよ。さっきまるまる良人さんの口真似してただろ。
「偶然だね、凪くん」
凪は軽く手を挙げる。
「や。人がいい人良さん」
「人がいいじゃなくて、いい人って言ってくれないかな? それにボクは良人」
「そのためだけに改名するとは、やりますな」
「生まれたときからずっとこの名前だよ!」
「ほうほう」
「本当はわざと言ってるんじゃないの? はあ、もういいけどさ」
ため息をついた良人さん。
ただし、ため息をついたのは俺もだ。なんでこの二人がこんなところにいるんだよ。俺が尾行している文太郎さん、二人に見つかる前に本屋さんを出てどこか別の場所に行ってくれないかな……。
しかし文太郎さんは雑誌を読んだまま動かない。
そのせいで、俺はまだ二人の会話を聞かされることになる。
「それにしても良人さん、こんなところでどうしたの?」
「どうしたもこうしたも、本屋さんだからね。本を読みに来たのさ」
「なるほど。つまり良人さんはきわどいショットを立ち読みするために来たのか」
「違うよ! それにこういうことは大きな声で言わないでよ。ボクは、これを見にきたんだ」
「どれどれ? ほうほう。デート特集ですか。あれ? でもこれ……」
「凪くん、難しい顔してどうかした?」
「これ、良人さんには一生関係ないような……」
「失礼だな、キミは! ボクはね、最近気になる人が出来てしまったんだ」
と、照れたように打ち明ける良人さん。
「で、その子はなんのアニメのキャラ?」
「三次元! 実際に存在してる人だよ。その子、大学の近くのハンバーガーショップで働いてるんだよね。それで、今度デートにでも誘おうと思ってさ」
「そういうことか。じゃあシミュレーションしてみる?」
「いいの? 凪くんありがとう」
二人は向かい合い、なにやら小芝居を始める。
「いらっしゃいませー」
凪がハンバーガーショップの店員さん役だ。
「あ、あの。こんにちは」
「まだ朝の五時でございますよ、お客様。オホホホ」
「そっか。間違えちゃった。て、五時にハンバーガーショップなんか行かないから」
「ご注文はいかがなさいましょうか?」
「ええとですね……」
「ええとですねがおひとつ、それからコーラがおひとつですね。少々お持ちください」
と、凪はトレーに見立てた雑誌を良人さんに持たせる。
「普通お待ちくださいでしょ? ていうか、ボクまだなにも注文してないんだけど」
「ぐだぐた文句ばかり言う男は嫌われるよ?」
「文句っていうかさ。話が噛み合ってないような気がするのはボクだけ?」
「女の子がいくら脈絡ない話をしても、会話を合わせるのが男ってもんさ」
「言いたいことはわかるけど、キミだけには言われたくない」
「それでは、ありがとうございました。またお引越しください」
凪にお辞儀されて、良人さんもお辞儀を返す。
「どうも。いや、お引越しじゃなくてお越しくださいね」
訂正が丁寧だな。凪はひと息ついて胸を張っている。
「ふう。こんなところか。うん、これならうまくいくと思うよ」
「どこが? ボクとしては普通の客としての注文すらできなかったんだけど」
「それは通えば慣れるさ。問題は、勇気。当たって砕けるために、勇気を持って頑張って」
「ありがとう凪くん! なんだか勇気が湧いてきたよ。あれ? 当たって砕ける勇気は大事だけど、それが目的じゃ元も子もないよ」
凪はもう良人さんの話も聞かず、雑誌を読んでいる。
良人さんは呆れたようにため息をついて、
「もういいよ。ありがとね。よし、これからちょっとデートの予行演習にコースを回ってみるか」
「え!? 良人さん、デートはゴルフ場だったの? しぶーい」
「違うよ。コースっていっても、この雑誌に載ってる必勝コースさ」
「なるほど」
「そういうことだから、じゃあね」
「仕方ない。良人さんだけじゃ心配だからぼくも付いていってやるか」
「ボクはキミがいるほうが色々と不安なんだけど」
「じゃあ行くか」
やっとあいつら出て行くか。
だが、しかし。
俺が尾行している文太郎さんも同じタイミングで本屋さんを出た。
しかも……。
ここでおさらばだ。そう思っていたのに、なぜか文太郎さんと良人さん&凪の行き先が同じなのである。
やれやれ。早くこの二人とは距離を取りたいものである。
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