予行と尾行 その2
文太郎さんという青年を尾行する探偵の俺。
だが、凪と良人さんが彼と同じ方向に向かって近くを歩いている。というか、文太郎さんのすぐ前を歩いている。
距離も数メートルも離れていない。
通りかかった電気屋さんの前では、宝石強盗があったというニュースがやっている。この近くでその事件があったらしい。犯人の顔はわからないが、盗まれたという綺麗なハート型のサファイヤが映った。
「良人さんはサファイヤとか宝石をあげたりしないの?」
「当たり前でしょ。まだ店員と客としてしか話したこともないからね。そういうのは、もっと距離が近づいてからさ」
凪が良人さんに尋ねる。
「それで、どこ行くの?」
「映画館だよ。やっぱり定番だよね」
凪は悲しそうにため息をつく。
「はあ、こんなむさくるしい男と二人で映画か」
「それはこっちのセリフだよ。嫌なら来なくていいんだからね」
「お構いなく~」
この二人、なんだかんだ仲いいよな。
そのあともくだらないやり取りを交わしながら、二人は映画館があるショッピングモールに入って行った。
あの二人とどこまでいっしょになるのかと思えば、文太郎さんも映画館がある階までエスカレーターで行き、チケット売り場まで来た。
凪と良人さんの二人は観る映画でもめている。
「ぼくはあのアニメ映画がいいな」
「ダメだよ。シミュレーションなんだから、やっぱりここは恋愛映画じゃないと」
フッ。ずっと二人でもめてろ。
俺は文太郎さんが買ったのと同じ、アニメ映画にする。ポスターには、ド派手なアクションがどうのこうのと書いてあった。
凪と良人さんはまだやっている。
「えー。男二人で恋愛映画? それはやめてよ。せっかく映画館に来たんだから、良人さんは観たい映画ないの?」
「そうだなぁ。ボクはアクション映画が好きなんだ」
「なるほどなるほど。じゃあ中間を取ってアニメ映画にしよう」
「どこも中間取ってないでしょ!」
「取ってるよ。ほら」
凪が指差したのは、俺や文太郎さんがチケットを買ったのと同じ映画だった。
「ラブコメ要素もあるんだぜ」
「へえ。これもこれでおもしろそうだ。しょうがないな。じゃあ、それにしようか」
「やっと決まったか」
「なんでボクが注文待たせてる優柔不断な人みたいになってるの。さて、じゃあチケット買いに行こうよ」
しかし凪は動こうとせず、ビシッと頭を下げる。
「ありがとうございまーす」
良人さんはちょっと呆れた目で凪を見て、
「わかったよ。バイト代も出たばかりだし、ここはボクが奢ってあげる」
「さすが良人さん、ステキ~」
凪におだてられて、お調子乗りの良人さんは頭をかく。
「いや~。まあね。それほどでもないよ。あはは」
「言われてみればそれほどでもないか」
と、凪が納得を示す。
「くそう!」
そんなやり取りをして、二人も映画館に入る。
映画館での席は、文太郎さんは全体の真ん中。俺はそのちょっと後ろ。凪と良人さんは少し前のほうだ。
「ボク後ろのほうが見やすいと思うんだけど」
「なに言ってるの。前のほうが臨場感があるでしょ」
凪に諭されて、良人さんは仕方なく受け入れたようだった。
そうして、ようやく映画が始まる。
上映中、凪の頭が動いていた。
「ねえ」
「なに? 凪くん」
「ここの席、首痛いんだけど」
「自分でここがいいって言ったんだから、我慢してよ」
「それ彼女にも言うの?」
「言わないけど、おそらく彼女もキミみたいな理不尽な文句は言わないよ」
「やれやれ。ああ言えばこう言う」
「それは凪くんでしょ」
まったく、声のトーンを下げているけど、全然聞こえてきちゃうんだよな。
二人が静かになると、映画も盛り上がってきた。
主人公が強敵に追い詰められるシーンだ。そこで、主人公が隠していた力を解放したときだった。
あれ? 文太郎さんが動いたぞ。こんなときに席を立つなんて、なにかあるのかな。
席を立った文太郎さんを追いかけて、俺もそっと席を立つ。
せっかくいいシーンだったのに……!
でもここは仕事だ。割り切ろう。
……しかし、結局ただのトイレで、いいシーンを見逃してしまった。なんか気になってモヤモヤするし、あとで凪にでも聞くとするか。
このあと、映画はクライマックスを迎えて、いい形で終わった。
子供の客が多いと思ったアニメ映画だったけど、大人やカップルも結構いるし、内容もおもしろかった。
文太郎さんが席を立つ。
俺も彼を追いかけるが、前のほうからは凪と良人さんの会話が聞こえた。
「凪くん、おもしろかったね」
「ん? もう終わったの?」
「えー。凪くん寝てたの?」
「寝てないよ。ちょっとだけしか」
「ちょっとは寝てたんじゃん」
「最後のヒロインが目を覚ます直前までは起きてたんだけどねー」
直前だと知ってるってことは、目を覚ますところでも起きてたんじゃねーか。じゃあどこ寝てたんだよ。
「あそこいいシーンだったのに」
「うん、そこじゃなくてそのしばらく前の、主人公が追い詰められたシーンさ。あそこで力を解放するとか言ってたとき、眠くなっちゃってね」
ズコっと、俺と良人さんがこける。
また、一瞬凪がこっちを見た気がしたけど、俺はさっと隠れ、凪はすぐに良人さんにつっこまれて向き直る。
「なんであんな一番盛り上がるシーンで寝ちゃうの!」
「だって眠かったんだもん」
「せっかくそのシーンについて、このあとオシャレなカフェでおしゃべりしようと思ったのに」
「まあまあ。映画は一時間半もあったんだし、話すことはいくらでもあるよ」
一番の盛り上がりのシーンを見逃した相手と話すことなど、最後の終わり方がよかったねくらいしかない。そう思った俺だった。
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