予行と尾行 その3
凪たちより先に映画館を出た俺は、文太郎さんを尾行する。
次に彼は、ワッフルのお店に入った。
女性客ばかりの中ひとりで入るなんて、勇気あるな。俺も食べてみたいし、尾行は経費が出てくれるから俺も入っちゃえ。本当は逸美ちゃんと来たかったと切に思う。
さて。
店内に入り、席を案内される。
場所は、文太郎さんがトレイに近い隅の席。俺は窓際の席だ。
適当にスマホをいじりながら、文太郎さんを観察するが、本当にワッフルを食べにきただけにしか見えない。
すると、ガヤガヤした声が聞こえてきた。
「だからさー。ぼくとしては、ただのカフェよりちょっとオシャレなスイーツのお店に行きたい気分なんだよね。映画の感想を言い合うにも、雰囲気って大事じゃん?」
大事なところを見てないやつが言う感想に雰囲気もなにもあるか。
「そうか。スイーツか。そういうのは女子も好きだもんね」
「も、って、良人さんと女子全般をいっしょにしちゃ悪いよ」
「それはボクにも失礼じゃないかい?」
「いいのいいの。気にしないで」
「ボク傷ついてるんだけどな」
そんな会話をしながらこっちのほうへと歩いてくる。
俺の席は窓際だから、二人に見られないように顔を伏せておく。
「あ、そこにワッフル屋さんがある。美味しそう。良人さん、ここにしようよ」
「カフェじゃないけど、逆にいいかもね。じゃあ入ろうか」
げっ。またこの二人といっしょかよ。
凪は良人さんに向かって、ビシッと頭を下げる。
「ごちそうさまでーす」
「もうわかったよ。ここも奢ってあげる」
「良人さんってば脇腹~」
「それを言うなら太っ腹でしょ。ははは」
能天気に笑いながら二人が店内に入って来る。
俺はワッフルを食べながら、凪たちのほうをチラッと見ていると、店員さんが俺の近くの席に凪と良人さんを案内した。近くに案内するなよ。俺は完全に二人に背中を向けて、通路を歩く人を見ながらワッフルを食べる。文太郎さんの動きが見えないけど、それはいいか。窓際で窓に向かって座る形だし、文太郎さんが店を出たらわかる。彼が店を出たら追いかけよう。
目の前――このワッフル屋さんの向かいの壁には、はり紙があった。
少し距離はあるけど、俺の視力なら見える。
綺麗なハート型のサファイヤの写真がある。
『宝石強盗に盗まれた、このサファイヤを見つけたら110番』
そういえば、ニュースでもやってたな。
この近くで事件があったからこんなはり紙まであるのか。
物騒なものだ。
それからしばらく、俺は凪と良人さんの噛み合っているのかいないのかよくわからない会話をBGMにワッフルを食べた。
すると、ようやく文太郎さんが動き出した。
よし。尾行再開だ。
俺も店を出る。
凪、良人さん。二人共いつまでもそこで語り明かしていてくれ。じゃあまた。
心の中で二人に別れを告げて、俺は尾行に集中する。
さりげない距離感で文太郎さんの後ろを歩いていると、俺の後ろから声が聞こえてきた。
「いや~。美味しかったね、良人さん」
「うまかったなー。あのワッフル――」
二人が「モフモフ」と声を合わせる。
やっぱり結構仲がいいよな、この二人。意外とあれで気が合うのだろうか。
しかしなんでこの二人からこう離れられないのか。困ったものである。
「良人さん、今日はいろいろ怒ってもらっちゃって悪いね」
「それを言うなら奢ってもらっちゃって、でしょ。いいよ、おかげで楽しかったしね」
「良人さんってホント人がいいんだね。だからぼくは良人さんのことが結構好きだよ」
「もうつっこまないけど、そう言ってくれてありがとね」
「あ、良人さん。これはほんのお礼さ。このあといっしょに食べに行ってもよかったんだけど、彼女でも誘いなよ」
「えー!? これって、高級フレンチレストランのお食事券じゃないか。いいの?」
「いいってことよ。ぼく高級ハレンチってどうも苦手でさ。もらいものだけどよかったら使いなって」
「ありがとう凪くん! 恩に着るよ! ハレンチじゃなくてフレンチだけど」
「うんうん。で、音痴を着こんでフルーツポンチがなんだって?」
「誰もそんなこと言ってないよ! どんな耳してんの! でも、本当にありがとう!」
へえ。凪のやつ、たまにはいいところあるじゃん。今日一日は凪に振り舞わされたけど、よかったな、良人さん。
さて。
時間を確認する。
現在、午後の五時。
頼まれていた尾行が終わる時間だ。なんでも、このあと六時くらいから依頼人の彼女は文太郎さんと会うらしい。
文太郎さんが電話に出る。
「もしもし。いま用事終わったから、すぐにそっちに向かう。ああ。楽しみにしてる」
結局なんにもなかったな。
おや? よく見ると、文太郎さんが電話中脇に挟んでいたのは、本屋さんで良人さんが読んでいた雑誌じゃないか。つまり、デートコースの下見をしてたわけか。
そういうことなら問題ない。
尾行は無事終了だ。
文太郎さん、人相通り誠実でマジメそうだしな。
俺は振り返ろうとして、止まる。
いま振り返ったら、凪と良人さんに見つかってしまう。もし見つかったら、二人に付き合わされて良人さんのデートコースの続きをいっしょに回らされそうだ。
立ち去ろうと早足で歩き出すと――
急に目の前で文太郎さんが立ち止まった。
俺は、それをスッとよけて、通り過ぎる。
危ない危ない。
どうやら、文太郎さんは宝石強盗のはり紙が気になったらしい。その隣では帽子を目深にかぶったおじさんもはり紙を見ていた。
世間の注目を集める事件について、文太郎さんも気になったのかと思ったけど、
「今度、宝石のプレゼントも悪くない」
とかなんとかつぶやいただけだった。
うん、安心してくれ、依頼人さん。この人はあなたのことをちゃんと想ってあげているステキな人だ。
が。
俺も気になって小さく振り返ってしまったのが失敗だった。
「あ! 開! やっぱりキミは探偵王子の開じゃないか! おーい」
凪に見つかってしまったらしい。
「探偵王子?」
「マジかよ」
などとささやき声が聞こえてくる。
文太郎さんの隣でも、はり紙を見ていたおじさんが肩をビクッとさせて俺を見る。
「え、開くんいるの?」
良人さんの声もするが、俺は知らん顔して歩き出そうとする。
「おっとっと」
そのとき、後ろで凪のつまづく声がした。
見れば、凪は文太郎さんの隣にいたおじさんにぶつかってしまったらしい。
おじさんはその衝撃で体勢を崩して転んでしまい、目深にかぶっていた帽子が脱げて床に落ちる。
そして、ポケットからなにか青い物がコロコロと、俺の目の前に転がってきた。
凪はすぐに俺の元に来て、それを拾う。
「おじさん。落とし物だよ」
まだ尻もちをついていたおじさんは、凪を見上げた。
「綺麗だね、これ」
と、凪がなにかを光にかざした。
よく見れば、それはハート型のサファイヤだ。しかもかなりの大きさ。これって、ニュースになってた宝石強盗に盗まれたサファイヤじゃないか。
周りにいた人たちもそのサファイヤに気づき、壁にはられていた宝石強盗のサファイヤと見比べて、一斉に指を差した。
「あっ!」
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