予行と尾行 後日談

 後日。

 俺は良人さんに呼ばれて、高級フレンチレストランに来ていた。

 しかも、たった二人でだ。

 コース料理が次々と出てくる。

「開くん、この前はお手柄だったね。新聞にも載っちゃってさ」

「いいえ。あれは偶然で」

 と、俺は苦笑いになる。

 実は、宝石強盗を捕まえた日の翌日、その件が新聞に載ったのだ。『探偵王子とそのお友達の相棒くん、大手柄』と見出しになっていた。

「あはは。確かに、濡れ手で粟、だったかもね」

 濡れ手で粟とは、ほとんどなにもしていないのに、苦労なく多くの利益を得ることである。

「そ、そうですね」

 いや、まあ実際は良人さんと凪のどうでもいい休日を無駄に見せつけられ、バレないように文太郎さんの尾行を頑張ったという苦労はあったけど。

 それからも、俺は良人さんとおしゃべりしながらフレンチをいただいた。

「いや~。開くんは聞き上手だから、おしゃべりしてて楽しいな~」

 良人さんは機嫌よさそうにお肉を口に入れる。

「あはは。ありがとうございます。本当に、こんな高級フレンチ料理までご馳走してもらっちゃって、すみません」

「気にしないでよ。ボクは開くんと食べたかったんだから」

 俺は核心に迫るように聞いた。

「ところで、どうして俺なんですか?」

 良人さんは曖昧に微笑むと、悲しそうな顔になって語り出した。

「実はね、気になってる子がいたから声をかけようとしたんだ。デートにも誘いたかったんだよ。でも、その彼女、恋人がいたんだー」

 と、涙ながら言った。

「ざ、残念でしたね」

 予想通りの理由だったんだな。

「このフレンチレストランのお食事券をくれたのは凪くんだったんだけど、その凪くんは誘いにくかったし、大学の友達っていうのも……」

 だから俺を誘ったのか。

 確かに、俺の妹の花音や少年探偵団のメンバーの逸美ちゃんや鈴ちゃんや作哉くんにノノちゃんも顔見知りだけど、誘いにくいだろうしな。

 よし。俺は元気づけようと、必死に鼓舞する。

「良人さん、次がありますよ! きっと他にステキな女の子だってたくさんいますって。せっかくこんな美味しいフレンチ食べているんですから、元気出してください」

「ありがとう開くん! そうだね。ボク頑張るよ!」

 そして。

 二人で美味しくいただき、フレンチレストランを出た。

 店を出たら、ちょうど凪と出くわした。

「げっ。凪くん」

「ん? げっとはなにさ。こんなところで二人してどうしたの?」

「いや、その……」

 と、良人さんは口ごもる。

 凪はやれやれと手を広げて、

「良人さんにはまったりですな」

「それを言うならがっかりでしょ」

 自分で言うのか。

良人さんのつっこみには触れず、凪は言った。

「いくら彼女を誘う勇気がないからって、なにも開を誘わなくていいのに」

「違うよ。実は……」

 と。

 良人さんは、その彼女に恋人がいることを知ってしまったと明かした。

 しかしこれに、凪は首をひねる。

「うーん、おかしいなぁ。彼女には恋人なんていなかったはずなのに」

 なんでこいつがそんなことまで知ってるんだ。俺はそれが誰かも知らないのに。

「だって、ボク見たんだよ。昨日、彼女が仲良さそうに恋人と歩いているところを」

 凪は正面突き当たりの道を通り過ぎてゆく男女を指差した。

「あんな感じ?」

「そう、あんな感じ。て、あぁっ! 向井さんだ」

 あの子が、良人さんが好きになったという人か。名前は向井さんというらしい。なかなか気立てのよさそうな人だ。歳も俺より一つか二つ上ってところだろうか。

 俺は横目に良人さんを見て聞いた。

「良人さん、あっちの人が彼氏さんですか?」

「うん。前もああやって仲良さそうに歩いてたんだ」

 なるほど。

 三人でその男女を見ていると、向井さんのほうが男の人のほうに言った。

「ねえ、お兄ちゃん。もう明日帰っちゃうの? まだこっちにいたらいいのに」

「おれも忙しいからな。まあ、昨日今日とこうやっていっしょにうまい飯も食えてゆっくり話せたし、帰って来てよかったよ」

「絶対また近いうちに遊びに来てよね」

「ああ。今度は親父やお袋もいっしょに飯食いたいな」

「うん。そうだね」

 二人が通り過ぎて行くのをボーっと眺めていた俺と良人さん。

 あの二人、恋人同士じゃなかったんだ……。

 さすが凪の情報網だ。無駄なところまでその包囲網が伸びている。

 でも、あの人に恋人がいなくてよかったような、せっかくのフレンチだったのに、俺がいただいちゃって悪いような……。

 とりあえず、俺は苦笑いで言った。

「あの二人、兄妹だったみたいですね。すみません、それなら今日俺がいっしょに行かないほうが……」

 しかし、良人さんは笑顔で俺の手をぎゅっと握った。

「開くん! やったよ! 兄妹だった!」

「ええ。よかったですね」

「凪くん! ありがとう! キミにはいつも感謝してもし切れない!」

 今度は凪の手を握る。

「だから言ったじゃないか」

 良人さんは両手を大きくあげた。

「よーし! 頑張るぞー! 高級フレンチレストランは、ボクが自分の力で連れて行ってみせる! 今日は予行演習ってことで、稼ぎまくって何回でも連れて行っちゃうよ」

「おお! 頑張ってください! 良人さん」

「ファイト~。ぼくも応援してるぜ」

 良人さん、元気が出てよかったな。

「じゃあね! 開くん、凪くん」

「はい。気をつけて」

 俺が手を振って、良人さんと別れる。

 凪も手を振りながら「バイバ~イ」と、走り去る良人さんを見送った。

「さて、帰るか」

「うむ」

 俺と凪が歩き出すと、T字路を曲がった先で、さっきの向井さんがまだお兄さんといっしょにいた。

「お兄ちゃん、今日は代わりにわたしがお兄ちゃんのマンション行くっ」

「おいおい、なに言ってんだ。親父とお袋が心配するだろ? まったく、この分じゃ当分彼氏もできそうにないな」

「いいもーん」

 うふふ、と楽しそうにお兄さんの腕にしがみつき、じゃれる向井さん。

 俺は凪に聞いた。

「あれって、どうなんだ?」

 凪はさらりと答える。

「ただのブラコンだよ。大人っぽい顔立ちだけど、まだ中学二年生だしいいじゃないか。かわいいもんだ。しかし、職業体験も明日で終わりか。良人さん、どうやってアプローチするのかな?」

 知らねーよ。

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