飛石連休

 とある依頼人の家に、俺たち少年探偵団で出向くことになった。

 今回は、俺と凪と逸美ちゃんの三人だ。

 家の前に到着してみると、なかなかにいい邸宅で、立派な門もある。

「いいおうちね」

「だね。こんな家に住んでみたいな」

 門に入ると、玄関まで飛石があった。

 俺と逸美ちゃんが並んで歩いて玄関まで行くが、凪はまだ飛石の上を歩いては止まって、のろのろとしている。

 振り返って、俺は言った。

「凪、なにしてるんだよ。そんなところで休むなよ」

 だが、凪はやる気なさそうに止まったまま答える。

「これが本当の飛石連休だよ」


 仕方なく俺が凪の耳を引っ張って強引に玄関まで連れてきて、逸美ちゃんがチャイムを鳴らした。

 出てきたのは、先日うちに依頼に来たおばさんだった。品のよさそうなおばさんで、目元が優しく、今日も柔らかい笑みで俺たち三人を迎えてくれた。

「わざわざお越しいただいてすみません」

「いいえ。とんでもないです」

 ふわっとした笑顔で逸美ちゃんが答える。

 先日うちに依頼に来たこのおばさんは、身元調査の依頼だった。かつての友人と連絡が取りたいということで、調査した結果を持ってきたわけである。

「無事、調査もできました」

 俺がそう報告すると、おばさんは嬉しそうに顔をほころばせた。

「よかったわ。本当に、ありがとうございます」

「調べたのはぼくさ」

 と、凪がブイサインを作る。

「まぁ、あなたが。よかったら、上がっていってください。お茶とお菓子を用意するので」

「そんなとんでもないです」

 逸美ちゃんが断りを入れるが、凪は図々しくも玄関に足を入れ、靴を脱ぎ始めた。

「お構いなく~。ぼくたち、ただの通りすがりなので」

「言ってることとやってることが違うだろ。それに通りすがりじゃない」

 俺が凪の腕を取ると、おばあさんは笑って、

「もしかして、お忙しいのかしら?」

「そういうわけではないんですけど……」

「本人の言っているように、彼は暇人なので」

「そこまで言ってないだろ」

 と、俺は凪の腕を引っ張って俺の隣にこさせた。

 ただ、仕事をこなしただけなのに家に上がり込むのも悪いというのが本音なのだ。

「だったら、ちょっと待ってて」

 おばさんは一旦下がった。

 視界からおばさんが見えなくなって、俺は凪に文句を言う。

「もうっ、おまえは変なこと言うな」

「ぼくはなにかおかしなこと言った?」

「どうかしら~。おかしいわけじゃないんだけど~」

 逸美ちゃんが考え込んでしまった。

 実際、言っているのはおかしなことではなく、余計なことだ。

 すると、手に紙袋を持ったおばさんが戻ってきた。

「どうぞ。みなさんで食べてください」

「悪いですよ~」

 そうは言いつつも、食いしん坊な逸美ちゃんは手が伸びている。

「お構いなく」

 凪はまたそう言った。

 だが、くるりと身をひるがえして、

「では、そういうことで。さようなら」

 お土産をもらってもう帰る気満々だった。

 再度俺と逸美ちゃんがお礼を言って、俺たち三人は探偵事務所に帰ることにした。


 探偵事務所に帰ってお土産の中身を確認すると、やはりさっきおばさんが出してくれようとしていたお菓子だった。

 お菓子は、長方形のケーキみたいな物だった。縦一列に八つ並んでいた。

「美味しそうだね!」

「そうね~。味も、スイートポテトよ。嬉しいわぁ」

 逸美ちゃんはおいもが大好物だから、これは予定外の収穫だったろう。

 凪はまじまじとケーキを見て、

「ふむ。もう片方は開の好きなチーズケーキか。スイートポテト味のほうも、チーズケーキ風になっているし、よかったね」

「うん」

 と、俺と逸美ちゃんがそろってうなずいた。

 逸美ちゃんはケーキを箱に閉まった。

「今日はみんな来ないし、今度みんなで食べましょう」

「賛成」

 今度は俺と凪が声をそろえて言ったのだった。


 翌日。

 放課後、探偵事務所にやってくると、もじもじしたように逸美ちゃんが迎えてくれた。

「あ、あら。開くん、おかえり」

「ただいま。逸美ちゃん、どうしたの?」

「え? べ、別に~」

 目線の動きとか明らかに怪しすぎる。いったいなにがあったんだろう。気になるけど、本人が隠そうとしているし、これは聞かないほうがいいのだろうか。

 すると、逸美ちゃんは、

「わ、わたし、なにも食べてなんかないの」

 と、口を滑らせた。

 なるほど。

 俺が冷蔵庫を調べに行くと、慌てて逸美ちゃんがついてきた。

 そして、俺は冷蔵庫に入れた昨日のケーキの箱を取り出して開いた。

「やっぱり。逸美ちゃん、食べちゃったんだ」

「そ、そうなの~。ごめんね」

 しゅんとする逸美ちゃん。

 なんと、スイートポテト味のケーキだけ食べてしまったのだ。

「逸美ちゃん、おいも大好物だもんね」

「わたし、我慢してたんだけど、抑えきれなくて」

「幸い、凪しか知らないし、みんなには黙っておこう」

 しかし俺はふと、箱の中身がなにか見えた。

 そうだ。

「飛石だ」

 うまい具合にひとつ飛ばしにケーキがないのが、ちょうど昨日のおばさんのおうちの飛石に似ていたのだ。

「確かに、飛石みたいに隙間できちゃってるわね」

 と、逸美ちゃんは困ったように言った。

「残ったのは俺の好きなチーズケーキ。だったら、これは俺が食べて、今回の功労者だった凪には、あとで別のを俺たちで買ってあげるってのはどう?」

「開くん、名案ね! わたしもそれがいいと思う」

「よし、じゃあさっそく食べちゃうから、逸美ちゃん、フォークちょうだい」

「ラジャ~」

 逸美ちゃんにフォークを出してもらって、俺たちはケーキを持って応接間に戻る。

 二人でソファーに座って、俺はチーズケーキを食べた。

「うん、美味しい!」

「よかったわね。じゅるっ」

 食べたそうにチーズケーキを見る逸美ちゃん。あんなにスイートポテト味のチーズケーキを食べたのに、これも食べたいとは困ったものだ。

 仕方ないから俺は逸美ちゃんに一口あげることにした。

「はい。あげる」

「いいの? やったー。あーん」

 あーん、と食べさせてあげる。

「普通のチーズケーキもいいわね~」

 すると、逸美ちゃんが「貸して」と俺の手からフォークを取って、

「今度はわたしが開くんにあーんする~」

「いや、恥ずかしいからいいよ」

 誰も見てないとはいえ、照れてしまう。俺を本当の弟みたいに思っていて世話を焼きたがる、逸美ちゃんの悪い癖だ。

「いいからいいから。はい、あーん」

 あーん、と俺は押し切られるように口を開けて、ぱくっとチーズケーキが口に入った。

 そのとき、探偵事務所のドアが開いた。

 見れば、凪が誰か知らないおじさんを連れていた。

「おーい、開~。お客さんを連れてきたぜ。探偵事務所は飛石連休にさせないよ。今日も頑張って……」

 言っている途中で、凪は俺が食べているチーズケーキに気づいた。

「あ、開……」

 恥ずかしさで俺は固まった。

 うちの探偵事務所、明日から飛石連休にしようかな……。


本エピソードとは関係ありませんが、

明智開 密逸美 『探偵王子カイ 魔法使いナギとルミナリーファンタジーの迷宮』用イラスト

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

オリジナル作品を掲載中。

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