コーヒー豆を挽く
俺は凪に誘われて、最近陰ながら評判だという喫茶店に来ていた。
今日は花音もいっしょだ。
コーヒーのよい香りが店内には充満し、個人経営のご主人とバイトの優しそうなお兄さんも、過ごしやすい雰囲気を作ってくれていた。
ただ俺はあまりコーヒーが得意ではなかったので、カプチーノをじっくり飲んでおり、花音はモカ。凪は一杯目のブレンドコーヒーが飲み終わって、二杯目を吟味していた。
座っているのはカウンター席だ。
「どちらになさいます?」
お兄さんに聞かれて、凪は並んで置いてある豆のひとつを指差した。
「あれはどんな感じ?」
「はい、あちらはですね――」
と、お兄さんはポイントを押さえて説明を始めた。
凪は「ほうほう」と相槌を打った。
現在、ご主人は席を外しているけど、このバイトのお兄さんは新人なのにちゃんとコーヒーの解説もできている。
お兄さんは笑顔で、
「だから、オススメなんです。よかったら、挽きます?」
「いいの?」
「もちろん」
それから、ご主人が戻ってきた。
だが、お兄さんはてんぱっていた。
「あの、お客様。こちらに入ってこられたら困りますっ! ああっ、それはっ」
なぜなら、凪がコーヒー豆を、自分で挽こうとしていたからだ。
ご主人はお兄さんに、ため息交じりに言った。
「この子の相手はまともにしちゃダメなんだって」
このあと、俺は凪の首根っこをつかんで店をあとにした。
花音は残念そうにお店を振り返る。
「お兄ちゃん。あたしたち、もうあのお店に来られないね」
「だな」
まあ、凪はひとりでも来るんだろうけどな。
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