ゲームセンターでゲットだぜ その3
逸美ちゃんは集中して、横移動をうまく決めた。
「あとは縦ね」
「落ち着いて」
ボタンを押し、逸美ちゃんは機を見る。
そのとき。
「はいっ」
「はいっ」
凪の声がして、逸美ちゃんは呼応するように言って、バッと手を離した。
見れば、凪はただ、バスケットボールをリングに入れるゲームをしている人に、いちいちボールを渡しているだけだった。いまもはいはい言っている。受け取っているお兄さんは迷惑そうだ。
しかし、こっちのUFOキャッチャーのほうはどうだ?
凪のせいで勢いで押しちゃったけど、なかなかいいぞ。
でもギリギリだろか。
緊張して見守る。
アームは、いい形で恐竜を掴んだ。
「やったっ」
ゆっくり持ち上がる。
持ちこたえろ。
結果。
なんと、再挑戦一発で恐竜をゲットできたのだった。
「すごいよ! 逸美ちゃんプロだよ! うますぎ!」
「そうかしら~」
まあ、半分は凪のかけ声に合わせただけの偶然だけど。
「うふふ。喜ぶ開くんが見られたし、わたしも満足っ。はい、どうぞ」
逸美ちゃんからぬいぐるみを受け取り、俺はお礼を言った。
「あ、ありがとうね、逸美ちゃん」
「いいのよ。今日もお仕事頑張ったご褒美だから」
こんな風に自分じゃなくて誰かに取ってもらえるって、嬉しいな。
俺が感慨に浸っている横で、逸美ちゃんがぼそっと「今日は本当に、わたしたち六人もいて開くんしか仕事してなかったようなもんだし」とつぶやく。
う、確かに。言われてみれば、なんだかんだみんな遊んでいたわけではないにしろ(凪とノノちゃんは遊んでいたけど)、やることがなく仕事をしていなかった気も……。
けどそんなのはどうでもいい。
俺は逸美ちゃんからお土産までもらってハッピーだ。
「ちょっと作哉くんたち見てみようか」
「そうね」
戻ると、まだ作哉くんが挑戦していた。
「作哉くん、もういいですよ?」
「ダメだ、ノノ! もう一回だ」
「一回もつかめてないいまのうちだったら、あきらめもつきますから」
「かすりもしねェうちから逃げるわけにいくか」
こっちは大変だな。
作哉くんはまた、コインを入れた。
ウイーン、とアームが動くけど、変なところで止まってしまった。
「ちくしょう! ここじゃダメだ! ズレてやがる! じれったいからいつも早くボタンを離しちまうんだよな」
まあ、作哉くんは不器用だから仕方ないか。
そう思ったとき、また凪が機械にぶつかった。
「うわっ! なんだ? またバナナの皮だ。誰がこんないたずらを」
本当に誰だよ。これは由々しき問題だ。
「うおー!」
なんだ?
俺が凪とバナナの皮に気を取られていると、作哉くんの叫び声がした。
見れば、凪がぶつかった衝撃で、アームが降りる場所にぬいぐるみがすーっと移動したみたいなのだ。
「こい!」
作哉くんの叫びが通じ、アームはクマを挟んだ。
「いいぞ! オイ!」
そして、クマが無事に取れて、コロンと取り出し口に落ちた。
作哉くんはクマをノノちゃんに手渡す。
「取れたぞ! ノノ!」
「わぁ! すごいです! 奇跡が起きました」
「だな!」
作哉くんは嬉しそうにニッと歯を見せて、凪の肩に腕を回した。
「テメー! スゲーぞ! オイ! よくやった!」
「痛い痛い、作哉くん、力強いよ」
「いやー、気分がいいぜ!」
力加減を知らない作哉くんにがっちり肩を組まれて痛がる凪だった。
「あーやめて脱臼する」
そういえば、鈴ちゃんは?
見回すと、くるりとゲームセンターの中を回って戻ってきたところだった。
「鈴ちゃん、なにかゲームはやった?」
俺が問いかけると、鈴ちゃんは首を振った。
「いえ。あたし、実はこういうところに来るの初めてで。遊び慣れてなくてなにもできなかったです」
と、苦笑いを浮かべる。
鈴ちゃんはお金持ちのお嬢様だし、育ちがいいからこういうところには来ないよな。
そのとき、ふっと凪が鈴ちゃんの前に現れて、うさぎのぬいぐるみを渡した。
「あげるよ」
「せ、先輩……?」
鈴ちゃんの瞳が大きく開いて、揺れた。頬もうっすらと桃色に染まる。
凪のやつ、いいところあるじゃないか。鈴ちゃんがこのうさぎのぬいぐるみをチラチラ見て気にしてたこと、知ってたのか。見直したぞ。
頭をぽりぽりかいて凪は言う。
「別にたいしたものじゃないけどね」
鈴ちゃんは首を横に振って、ぎゅっとうさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
「そんなことないです。ありがとうございます。宝物にしますね」
はにかんだ笑みを浮かべて、ぬいぐるみに顔をうずめる。
鈴ちゃんはすっかり自分の世界に入ったみたいに、ぬいぐるみを抱いてとろけた表情をしている。
「お礼ならあの人に言うといいよ」
ん? あの人に?
自分の世界から帰ってこない鈴ちゃんは話を聞いていなかったけど、俺は凪が指差す先を見た。
UFOキャッチャーのガラスをひとつ挟んだ先に見えたのは、俺のよく知る顔――
良人さんだ。
そういえば良人さん、ゲームセンターが好きで、花音やうちのお父さんともいっしょによく遊ぶんだよな。ゲーセン仲間みたいな感じなのだ。だから、いつこうやってゲームセンターにいても、ちっともおかしくないのだ。
凪が良人さんの元へと歩いて行ったので、俺もついて行って挨拶した。
「こんにちは、良人さん」
良人さんは俺に気づいて、UFOキャッチャーから俺に顔を向けた。
「やあ。開くん」
「彼が取ってくれたんだ」
「凪くんが胸を張って威張るところじゃないでしょ」
良人さんにそうつっこまれて、凪は頭をかく。
「こりゃ一本取られましたな」
あはは、と二人で笑う。
「いやー、開くんもいたんだね。もしかして、みんなも?」
「ええ。でも、どうして良人さんがぬいぐるみを?」
良人さんは人のいい笑顔を浮かべてしゃべり出す。
「ちょうどいいところまでやって辞めた人がいたから、一回チャレンジしたらね、取れちゃったんだよね。アハッ。ボクぬいぐるみはいらないからさ、凪くんがそれならぼくに任せてって言うからあげたんだよ」
「ぼくもいらないから、荷物を置くには事欠かないだろう広いおうちに住んでる鈴ちゃんにあげたのさ。でも思いのほか喜んでくれてぼくも嬉しいよ。頑張った甲斐があったってね」
なんておバカな二人……。
いや、良人さんに罪はないけど。無知の罪ってやつだ。
でも、鈴ちゃんはその事実を知らないわけだし、凪と良人さんには、しゃべらないようよーく釘を刺しておいた。
「え? なんで?」
「どうしてさ? 開」
「どうしてもだ」
せっかくのプレゼントが台無しだからな。
「ふーん」
と、凪と良人さんは声をそろえた。
まあ、こんなことはあったけど、俺は自分がもらった首長竜を見て、笑みがこぼれる。
「ふふっ」
今日はいい日だ。
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