路上ライブ

 俺と凪と花音は駅前を歩いていた。

 駅前っていうと、結構多いのが、路上ライブ。

 俺が好きなアーティストにも路上ライブ出身のデュオがいるし、いい歌だと足を止める人がいたりコイン(気持ちのお金)を入れる人がいたり、注目を集めるよね。

 三人ともあまり関心はなかったんだけど、凪が足を止めたから、俺と花音の足もつい止まってしまった。

 コインを入れて立ち去る人もいた。

「いい歌だし、足を止める気持ちもわかるね」

「だね」

 花音と俺がそう言って見ているのは、キーボードを叩きながら歌うお兄さん。

 将来売れるかはわからないけど、確かにいい歌だ。

 小学生のとき、花音はピアノを習っていた。だから音楽に関しては俺よりもよくわかっている。まあ、歌になると、俺と花音は並で凪が意外とうまいんだけど。

 お兄さんの歌が終わった。

 拍手が起こる。

「いい歌っ。なんか口ずさんじゃうよ。ふふふ~ふん♪」

「なんでBメロのリピートなんだ」

 花音はさっきの歌のよさがわかっているのかどうか怪しくなってきた。

 俺がお兄さんのほうを見ていると、広げてある布と置いてある帽子のところに、コインを入れる人たちが結構いるのに気づいた。

 歌が終わったタイミングだしな。

 すると、俺の横では、凪がお財布を取り出した。

「凪、おまえそんなことするんだな」

 驚く俺に「まあね」とだけ言って、凪はお財布からコインを一枚取り出して、拍手しながらお兄さんに言った。

「いい演奏だったよ」

「ありがとう」

 お兄さんは凪なんかの声援にも丁寧に応えていた。いい人だな。と思ったけど、やっぱりコインを持ってる人にはお礼も言うよな。お兄さんは凪のコインに焦点を合わせていた。

 だが。

 凪はなかなかコインを入れない。

 俺と花音が不思議に思っていると。

 やがて。

「いい演奏だった。いやー、本当にいい演奏だった」

 凪はお兄さんに背を向けてコインを放った。

「あ、ありがとうございます」

 お兄さんが戸惑いながらお礼を述べる。

 凪はお兄さんに向き直って手を振った。

「いえいえ。いいライブだったからね。またここにこのライブを見に来たいと思って」

 なるほど、そういうことか……。

 俺とお兄さんは苦い顔になる。

 凪の意図がわかってない花音だけ、凪とお兄さんを交互に見ている。それから、俺に小声で聞いた。

「いま、なにかあったの?」

「トレヴィの泉だよ」

 トレヴィの泉に後ろ向きにコインを一枚投げ入れると、トレヴィの泉があるローマにまた戻ってこられるという言い伝えがあるのだ。

 お兄さんはトホホと背中を丸めて、

「だったらおれのデビューを祈ってくれよ」

 と、つぶやいた。

 あいつに悪気はないんだよな、と思う俺だった。

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

オリジナル作品を掲載中。

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