山登りに行こう その1

「見てください。もらったんです!」

 嬉しそうにそう言って、ノノちゃんがくるりと回る。

 ノノちゃんが見てもらいたかったのは、レインウェア。

 いまは雨の時期ではないので、別のときに役に立ってくれそうだ。

「ステキね~。ノノちゃん可愛いわよ」

「えへへ。ありがとうございます」

 逸美ちゃんに褒められて笑顔のノノちゃん。

 鈴ちゃんがへえとつぶやき、ノノちゃんのレインウェアを見た。

「なかなか似合ってるじゃない」

「これ着てお出かけするのが楽しみだね」

 と、俺も言った。

「はい! 楽しみです!」

 作哉くんは拳を握って、

「ノノ、マジ似合ってるぜ」

「さ、作哉くん。ありがとうございます」

 うっすらと頬を染めてノノちゃんは照れたようにお礼を言った。

 その様子を鈴ちゃんがジト目で見て、ぼそりとつぶやく。

「なに赤くなってるんだか。最近の子はませてますね、まったく」

 鈴ちゃんも充分最近の子に分類されることは、黙っておく俺だった。

 凪は、首を伸ばしてノノちゃんに近づき、顎に手をやってまじまじとレインウェアを見る。

「ふぇ! な、なんでしょうか?」

 恥ずかしそうに凪から顔をそらし、チラと凪を見返して聞くノノちゃん。

「ノノちゃん、ほっぺたにごはんつぶついてるよ」

「きゃっ! 見ないでくださいー」

 ノノちゃんは顔を押さえてトイレに駆け込んだ。探偵事務所のトイレは少し広い造りで、ちゃんと鏡があるのだ。

 凪はその様子を見て、首をかたむけた。

「見てくださいと言ったり、見ないでくださいと言ったり、忙しい子だ」


 現在、俺たち少年探偵団はいつも通り探偵事務所にいた。

 みんなで和室に入り、お菓子を食べながらくつろいでいたのだ。

 そこまではいいのだが、俺は気になって聞いた。

「でも、なんでいまの時期にレインウェア?」

 俺の質問には、ノノちゃんではなく作哉くんが答えてくれた。

「この前ちょっと仕事があってな、そのときに世話になったヒトがくれたんだ。ノノよりちょっと大きい娘がいるんだが、着られなくなった服があるからもらってくれってな」

 凪はおもむろにうなずく。

「ほうほう。なるほど。それで作哉くんが年頃の娘さんのお洋服をはぎとってノノちゃんに着せたわけか」

「はぎとってなんかねェ」

 と、作哉くんは凪をにらんだ。

 ちょうど戻って来てきたノノちゃんが、作哉くんの隣に来てちょこんと座る。

「作哉くん、ノノこのお洋服着たいです」

「なに言ってんだ? いまも着てんじゃねェか」

「違いますっ! ノノはお外で着たいんです」

「そうか、なら行ってこい。あと二時間もしたら帰るから、遅くなるなよ」

「作哉くんっ! ノノは、そういう意味で言ったんじゃないんです」

 すると、凪がひょいとノノちゃんの隣に来て言った。

「だったらさ。みんなでレインウェアを着るようなところへお出かけしようよ」

「わーい! ノノ賛成ー!」

 両手を挙げて喜ぶノノちゃんだが、俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんと作哉くんはいまいちピンとこない。

「凪、お出かけって言ってもどこに行くの?」

「それは、雨が降ってるところとか水が降ってきそうなところさ」

「雨降りの場所行きたいです」

 得意そうな凪と期待にワクワクと胸を弾ませるノノちゃんには悪いが、俺は言ってやる。

「そんなところないって。年中雨が降ってるロンドンにでも行くってんならともかく、この辺りじゃ局所的に天候が異なる場所なんてないよ」

「え~!」

 と、凪とノノちゃんが不満顔をする。

 そんな顔されてもこっちが困る。

 そのとき、探偵事務所のドアが開いた。

 なんだ? お客さんか?

 そう思って和室から顔を出してみると、ドアの前に立っていたのは綾瀬沙耶だった。俺にそっくりの顔をした、アンダーグラウンドなお仕事をしているお姉さんだ(年齢不詳。凪にはたまにおばさんと言われている。そしてげんこつぐりぐり攻撃されている)。

 沙耶さんは軽やかに手をあげて、

「やあ、開くん。元気?」

「うん。沙耶さんどうしたの?」

「特別用事があったわけじゃないんだけど、近くに来たからさ」

 みんなに「いらっしゃい」とか「こんにちは」と言われて、沙耶さんはノノちゃんのレインウェアに気づく。

「あれ? レインウェア、すごく似合ってるね」

「ありがとうございます。ノノがもらったんです」

「ふーん。いいね」

 沙耶さんが微笑みを返すと、凪が、

「沙耶さん、聞いてくれよ。ぼくがさっき開にした話をさ」

「凪、俺に言うな。沙耶さんはあっちだ」

 と、俺は沙耶さんと間違えてこっちに向かって話しかけてくる凪に教えてやる。

 凪は驚いたように退く。

「うわぁ、いつの間に」

「いつの間にもなにも、一回も入れ替わったりなんかしてないから」

「変わり身の術じゃないんだぞー」

 俺のつっこみ続けて沙耶さんもつっこみ、凪の頭を小突く。

「いや~。こりゃ一本取られましたな」

「取ってない取ってない」

 と、俺と沙耶さんは声をそろえて言う。

 凪は改めて口を開く。

「でさ、沙耶さん」

「だから話聞いてたのかなー? 沙耶さんはこっちだ」

 俺が凪の頬をむぎゅりと左右から片手でつかみ、沙耶さんのほうを向かせる。

「ほんとだ。顔のシワを見れば一発だ。沙耶さんは年齢からくるほうれい線、開は頭を使い過ぎて眉間、だったもんね」

 と、納得する凪に、俺と沙耶さんは片手ずつ使って左右から凪の頭をぐりぐり攻撃した。

「シワなんてないっつーの」

 つっこみのセリフも重なって、凪は「痛い……」とつぶやきバタっと倒れた。

 さて、仕方ないから俺から説明しよう。

「さっきの話だけど、ノノちゃんがせっかくもらったレインウェアを着てお出かけしたいってことになったんだよ。それで、どこに行ったらいいのかなって」

「年中雨のロンドンに行くならともかく、この近くで雨降ってるような局所的に天候が異なる場所ってないんだよねー」

 作哉くんが驚いた顔をして、ぽつりとつぶやく。

「探偵サンとまったくおんなじこと言ってやがる……!」

 それを聞き逃さなかった沙耶さんは、苦笑交じりの顔でつっこむ。

「悪かったね、どうせ思考も開ちゃんそっくりだよ、私は。つーか驚きすぎでしょ」

 沙耶さんは顎に人差し指を持っていき、思い出すように言った。

「でも、レインウェアって言ったら登山の必需品だよね。この前、知り合いが登山に行くって言ってレインウェアを買わなきゃって話してたわ」

「それだ!」

 ガバッと起きて、凪が沙耶さんを指差す。

「それです!」

 ノノちゃんもマネして言って凪の横に並び、胸の前で拳を握る。

 まさかこの二人、登山するって言うつもりじゃないだろうな……。

 が。

 そのまさかだった。

 凪がビシッと宣言した。


「ここにいるみんなで、登山に行こう!」

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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