山登りに行こう その2
「ここにいるみんなで、登山に行こう!」
凪のその宣言に、ノノちゃんは拍手した。
「わーい! パチパチパチ」
逸美ちゃんは順応が早いのかいっしょになって拍手を始める。
「わーい」
そして、逸美ちゃんは拍手していた手を祈るように組んで、
「それもいいかも~。楽しそうだわ。開くんのお写真いっぱい撮っちゃおう」
「ったく、ノノが言うんじゃしゃあねェか。保護者として付き添ってやるよ」
言ったのはノノちゃんじゃなく凪なのだが、それはそれとして。作哉くんは呆れたふうを装って、もう行く気満々だった。
鈴ちゃんだけは不安そうにチラっと俺を見て、
「開さん。本当に行くんですか?」
「そうなりそうだね」
あはは、と苦いで返すと、鈴ちゃんはため息をついた。
「仕方ないですね。それじゃあ準備しましょうか。ええと、レインウェアと登山用のバッグも必要ですかね……。パパとのお買い物に行く口実になるかも……。それから、念のためにコンパスとか磁石とか非常食も欲しいし、それからそれから……」
まあ、鈴ちゃんも乗り気なようでなによりである。
俺は沙耶さんを見上げた。
「それで、沙耶さんも来てくれるの?」
「私もやっぱり行かなきゃダメだよね?」
「言い出しっぺでしょ!?」
と、凪に迫られる。
別に自分が行きたいと言ったわけではないんだけどなぁ、と思った俺と沙耶さんだった。
「わかったよ。行ってあげるよ。開ちゃんが心配だしね」
「え? なんで俺が」
ちょっと不満な顔で沙耶さんに言うと、沙耶さんが楽しそうに俺に抱きつく。
「だって。開ちゃんってすぐに事件に巻き込まれちゃいそうなんだもん。凪くんのせいってのも充分あるけど」
ニッと口の端を吊り上げて、沙耶さんは揶揄するような目で凪を見る。
でも確かに、凪のせいってのは、まあよくあるよな。
凪は肩をすくめて、
「やれやれ。やめてよね。そんな目でぼくを見るのは。で、なんの話してたの?」
ズコっと、この場にいた全員がこけた。
「あんたねぇ、どんな神経してるのよ」
呆れる沙耶さんが俺の頭に自分の顎を乗っけると、急に逸美ちゃんが、なにかに気づいたように、
「あっ、開くん」
「えっ」
逸美ちゃんが、沙耶さんから俺を奪い取るようにして、ぎゅっと抱きしめる。
「沙耶さんばっかりズルいです」
「あはは。ごめんごめん。開くんって自分の目から見ても私に似てるしさ、本当に弟みたいでつい構いたくなっちゃって」
苦笑いを浮かべて謝る沙耶さんに、逸美ちゃんがずいっと(俺を抱きしめたまま)にじり寄って、
「わかります! 開くん可愛いからついつい構いたくなっちゃうんですよね」
本当に、同志を見るような逸美ちゃんだから、嫉妬してくれてるのかなんなのかたまにわからなくなる。一瞬ラブコメ風なのに、逸美ちゃんのこういうところは未だにわからない……。
「そうそう」と沙耶さん。
「わたし、ずっと構ってたいくらい~」
「ホント、つい構い過ぎちゃって、参っちゃうよね~」
と、凪が同意する。
「参ってるのはこっちだ!」
俺がつっこむと、凪が真顔で俺のほうを見た。
「お、逸美さんのおっぱいがしゃべった」
「見えてんだろ! わかってるだろ!」
確かに、逸美ちゃんに抱きしめられて身動き取れないけど、胸にはうずまってないぞ。正確にはお腹に顔を押し付けられている。
「あら?」
俺を抱きしめていることを忘れた逸美ちゃんが解放してくれて、俺はため息交じりに座り直し、呼びかける。
「さて。それじゃあ、みんなで登山ってことでいいね?」
「はーい」
と、みんなが返事する。
ただ、俺たちの様子を見守っている沙耶さんとやる気ないフリをしている作哉くんの返事はなかったが、全員参加ってことで。
凪は腰に手を当てて、
「明日は土曜日。天気もいいみたいだし、明日は雨天決行だよ~」
「勝手に決めるな!」
つっこみを入れるが、みんな反論はないようで、山登りは急きょ明日決行になった。
雨が降ってもレインウェアがあるノノちゃんにはちょうどいいか。俺は雨の日に出かけたくなんかないけど。
「そういうことで、みんな明日に備えて解散」
凪が勝手に仕切って、ぞろぞろとみんなが帰ってゆく。
鈴ちゃんは困ったように、
「今晩、パパ空いてるかな……? いっしょに出かけられますように……」
とかなんとかお祈りしている。
作哉くんとノノちゃんは張り切って帰り、沙耶さんは「バイバイ」と俺に手を振った。
さて。
やっとみんなが帰って静かになった。
俺と逸美ちゃんだけになった探偵事務所で、俺はため息をついた。
「ふう。ようやく静かになったね」
そんな俺に、逸美ちゃんはニコッと微笑む。
「明日はもっと賑やかになるわよ」
「だろうね。七人で登山か。大人数だな」
そう俺がつぶやくと、いきなり探偵事務所のドアが開いて、凪が顔を出して言った。
「そうそう、言い忘れてたけど、明日は花音ちゃんも来るってさ。電話したらノリ気だったよ。じゃ」
「おい、待て」
しかし凪はバタンとドアを閉めて、さっさと帰ってしまった。
まったく、やれやれだな。花音まで参加とは。
参加者は計八人か。
明日の登山は騒がしいことになりそうだ。
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