山登りに行こう その4

 山登りが始まった。

 先頭を行くのはノノちゃん。

 凪だけは着替えるためにここにいないが、凪が追いつきやすいように、俺たちはゆったり歩いていた。

 まるでハイキングをしている気分である。

 すると、木々に止まってさえずっている小鳥がいた。青くて綺麗な鳥だ。鳴き声も綺麗で癒される。

「あの鳥はなんですか?」

 ノノちゃんに聞かれて、逸美ちゃんが教えてあげる。

「あれはオオルリよ。オスは綺麗な瑠璃色で、メスは褐色なの。だからあれはオスね。鳴き声も綺麗でしょ? 日本の三名鳥なのよ」

「へえ。さすが逸美さん、物知りですね」

 ノノちゃんといっしょになって鈴ちゃんも感心する。

「逸美ちゃん、他の三名鳥って?」

 と、花音が聞く。

「ウグイスとコマドリよ」

「なるほどー。ホーホケキョか」

「勉強になるな、花音」

 俺が花音を見ると、大きくうなずいた。

「うん」

 知らないことを聞きながらだと勉強になるし楽しいな。花音やノノちゃんの教育にもいいし、逸美ちゃんが同行してくれてよかった。


 時間はまだ早めだけど、もう下山してくる人たちがいた。

 すれ違いざまに、俺や逸美ちゃんや沙耶さん、鈴ちゃんが挨拶する。

「こんにちは」

「はい。こんにちは」

 優しそうな夫婦だ。

 そのまま歩き続けようとすると、ノノちゃんが不思議そうに俺に質問する。

「開さん、いまのおじさんとおばさん、お知り合いですか?」

「あたしの知らない人だ」

 と、花音もおじさんとおばさんの背中を眺める。

「違うよ。知らない人」

 俺が笑いながら答えて、

「山では挨拶するのよ」

 と、今度は鈴ちゃんが教えてあげた。

「そうだったんですか。ノノ、次から挨拶します」

「あたしも!」

「うん、頑張ってね~」

 逸美ちゃんがノノちゃんと花音にエールを送って、俺たちは再び歩き出した。

 そのとき、下から二人の人間の叫び声が聞こえた。

「ギャー」

「うわぁぁぁ!」

 なんだ?

 俺たちがここまで登ってくるまでにはなにもなかったのに、どうしたんだろう。動物でも出たのだろうか。

 考えていると、ノノちゃんがたたたっと走り出す。

「ノノ、危ないから急ぐなよ」

 作哉くんの忠告も耳に入らず、ノノちゃんは道の端に行く。そこで、ヘビのしっぽのような物が草むらからはみ出ていた。

 ノノちゃんはじーっと見て、すっと引き返してくる。

「ヘビじゃなくてロープでした」

「そっか。よかった」

「もしかしたらさっきの下の悲鳴、ヘビとかがいたのかもね」

 と、沙耶さんが笑った。

「そうかもね。俺たちも気をつけていこう」

「そうね~」

「了解!」

 逸美ちゃんと花音がそう言って、俺たちは山登りを再開する。

 その瞬間、俺は鈴ちゃんの足元が目に入る。

「あ、鈴ちゃん。足元――」

「え? キャーッ! イヤー! ヘビー! パパ~! 助けて~!」

 と、涙を流しながらダッシュで一気に先まで登る。

「いや、足元のロープが危ないから気をつけてって言おうと思ったんだけど……」

 本当に鈴ちゃんは怖がりでオーバーリアクションだな。

 みんなで鈴ちゃんに追いつき、さっきのはロープだと教えると、鈴ちゃんはホッと胸をなでおろす。

「なんだ。そうだったんですか。死ぬかと思いました」

「まあ、気をつけるに越したことはないし、周りに気をつけてゆっくり進もう」

「はい」

 よし、鈴ちゃんも落ち着いたし、凪が来るまでまたゆっくりと、と思ったときだった。

 後ろから俺たちを呼ぶ声が聞こえる。

「おーい! 開~!」

「凪のやつ。やっと来たか」

 俺たちが振り返ると、そこにはこっちに走って来るクマの姿があった。

「ギャー! 今度こそ死ぬ~! 殺される~! うぇ~ん、パパ~!」

 大号泣で鈴ちゃんがさっき以上のスピードで走り出す。

「うわぁあぁあ!」

 と、花音も驚嘆した。

 他のメンバーもそれぞれ行動に移った。

 ファイティングポーズを取る作哉くん。クマと戦う気か、この人……。いや、勝てそうだけど……。

 とりあえず横になって死んだフリをする沙耶さん。俺たちの数歩後ろでそうするのがちょっとずるい。

 クマ好きのノノちゃんは興奮して目を輝かせている。好奇心旺盛だな、死ぬかもしれないのに。

 そして、逸美ちゃんは俺と花音に抱きつき押し倒して、俺と花音をかばうように死んだフリをする。

 花音も俺の隣で倒れて死んだフリかと思いきや、失神してぶっ倒れていた。ちなみに、失神した理由は、驚いたからではなく逸美ちゃんに押し倒されて頭を打ったからだ。

 で、俺はというと、押し倒されながらも、すぐにそのクマの正体に気づいた。

 凪だ。

 あのおバカがクマの着ぐるみ風の服を着ていたのである。

「やあ。みんな」

「オラァ」

 と、殴りかかる作哉くんのパンチをさっとしゃがんでよけて、凪はそのまま立ち上がる。

「危ないじゃないか。あ、なんだ。これヘビじゃなくてロープか。よかったよかった」

 ゴン、と衝撃音。

 凪の頭が作哉くんの顎に直撃したらしい。

 どうやら、作哉くんの足元にヘビがいると思って捕まえてやろうとしたようだ。で、凪は石頭なので作哉くんの顎にぶつかっても気にした様子もない。

 俺は逸美ちゃんの腕をほどいて立ち上がって凪に言う。

「なんでそんな紛らわしい恰好してんだよ!?」

「聞き間違いの可能性を考えてさ、浜じゃなくてクマだった場合のための着替えも用意しておいたのさ」

「浜でもクマでもねーよ。まったく」

「でも、山に馴染む恰好でよかった」

「その馴染み方はダメだろ!」

 ノノちゃんはキラキラした瞳で凪を見上げて、

「いいな~。クマさん、ノノ大好き。触ってもいいですか?」

「いいぜ。でも、優しくね」

「はい。あ、柔らかーい。もふもふ~」

 と、凪に抱きついている。

 俺は、逸美ちゃんと沙耶さんを起こしてやる。

「凪くん、紛らわしいんだよ。ほんとやめてよね」

「わたしびっくりしちゃった~。生きててよかったわ~」

「花音、おまえも起きろ」

 ぺちぺち、と花音のほっぺを叩くと、むくっと花音は起き上がった。

「あれ? あたし、生きてる!」

 凪はそんな俺たちを見てから、横になっている作哉くんを見下ろす。

「あれ? 作哉くん、いまごろ死んだフリしてる。あはは」

「さっきまで戦う気満々だったのにー」

 と、凪と逸美ちゃんがおかしそうに笑っている。

 いや、おまえのせいだから。おまえがしゃがんで立ち上がった拍子に顎直撃で気を失ったんだろ。

「ノノが起こします」

 横になっている作哉くんをノノちゃんが起こして、凪は周囲を見回す。

「それで、鈴ちゃんは?」

「あ……!」

 と、全員が固まった。

 どこまで行っちゃったんだろう……。

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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