山登りに行こう その5
鈴ちゃんが迷子になった。
凪のせいで。
というわけで、俺たちは鈴ちゃんを探すことになった。
「まったく鈴ちゃんはしょうがないな。みんなではぐれた鈴ちゃんを見つけよう」
依然クマの着ぐるみを着て先頭切って歩く凪に、ノノちゃんが心配そうに聞いた。
「凪さん。お顔大丈夫ですか?」
心配になる気持ちもわからなくはない。なぜなら、凪の顔は作哉くんにお仕置きされてぶん殴られ、ボコボコになっていたからである。
「全然平気。なんともないから」
「なんともないだァ? もっとお灸を据えてやる必要がありそうだな」
ポキポキと拳を鳴らす作哉くん。
凪はお腹を押さえて、
「痛い痛い。もう間に合ってるから」
「本当に痛いならちゃんと顔押さえろ。腹は関係ねェだろ」
半ば呆れ気味に作哉くんがつっこみ、俺たちはまた歩き出す。
しかし困ったものだ。
さっきから歩いているのだが、鈴ちゃんが見つからない。
この山は携帯電話の電波状況もよくないし、本人に連絡できないのがつらい。
ちょうど前を歩く人の姿が見えたので行って聞いてみると――。
「ツインテールの中学生の女の子? さあ。見てないなぁ」
還暦も近いおじさんだったが、この人も見ていないようである。
俺は顎に手をやって考える。
「どうしたのかな?」
凪に聞かれて答える。
「うーん。前の人を追い抜かしたわけじゃないとすると、考えられるのは、どこかで獣道に迷い込んでしまったってパターンかな」
ノノちゃんはおびえた顔で、
「けものが出るんですか?」
「違うよ。獣道っていうは、人間が作った通り道じゃない、動物や獣しか通らないような道のこと。獣がいるとは限らないよ」
「そうですか。でも、それだとノノたち、どうやって探したら……」
「しゃあねェ。ここまで来る途中にあった道の端をしらみつぶしに確認して、人が通った跡があるところに入ろうぜ」
「うん。作哉くんの考えに賛成」
俺が同意すると、みんなもうなずく。
そうして、俺たちは引き返しながら道の左右の端を確認する。
すると、一か所それらしい場所があった。
「ここじゃない?」
沙耶さんが見つけてくれた。
「そうだね。よし、入っていこう。草むらといってもこの辺りは草も背が高くないし、それほど歩きにくくはないけど、みんな気をつけて」
「ヘビがいるかもしれないよ」
凪がそっと付け足すと、ノノちゃんが怖がって作哉くんの足に抱きつく。ついでに花音も怖がって俺の腕にくっついてきた。
「こら、情報屋。余計なこと言うな」
「そうだぞ、凪」
俺と作哉くんに注意されて、凪はやれやれと肩をすくめた。
「はいはい。ぼくは警告しただけなのに」
「それが余計なんだよ」
俺がジト目を向けて言うが、凪は知らん顔だ。
まったく、誰のせいでこんなことになったと思ってんだか。
凪は頭の後ろで手を組んで、
「ほんと単独行動なんてして、参っちゃうよね~。鈴ちゃんには」
「おまえのせいだろ!」
と、俺はつっこんだ。
さて。
獣道を歩くことしばらく、人が通ったような跡はあるにはあったが、途中から草むらの背丈も随分低くなってしまい、足跡がわからなくなってしまった。
「どうしたもんか」
「なにかヒントがあるといいんだけど」
すると、逸美ちゃんが木々の隙間から見える太陽を指差す。
「太陽の向きに進んだんじゃないかしら?」
「それでもどこかには辿り着けそうだけど、どうかな。……いや、そういえば昨日、鈴ちゃんはコンパスを持って行こうとしてたな。だとすると、北か南に進むかも」
それが人間の習性というものだ。
逸美ちゃんは太陽の角度を見て、なにやら考えてから、「あっちが北ね」と斜め上のほうを見る。そして、俺に向き直った。
「傾斜を考えると、北に進むのは厳しいわ」
「うん。なら南だ。少し下降気味なら山から下りられるかもって希望もあるし」
「決まりだね! じゃあ南に進もう」
沙耶さんがそう言って、俺たちは南に向かって進み始めた。
でも、本当にそれだけで会えるだろうか。
鈴ちゃん、ちょっとなにかに出くわしただけでパニックになって突っ走りそうだからな……。凪にも困ったものだけど、ていうか大体は凪のせいなんだけど、鈴ちゃんも意外と手がかかる子だ。
進むことしばらく、ノノちゃんはちょこちょこ呼びかけていた。
「鈴さーん!」
反応はなかったのだが、凪がおもむろに切り株の上に座り込んだ。
「なにやってんだよ」
「違うよ、開。ぼく疲れたんだ」
「違わないだろ。まずは鈴ちゃんを見つけないと」
「そうは言ってもさ、もうお昼の一時半だぜ? そろそろお昼ご飯にしないと足がパンパンだよ」
「その理屈はおかしい。でもそうだな、いい時間だしお昼にしてもいいかも」
「そうだね。私もお腹空いたし、体力回復も大事だよ」
と、沙耶さんも凪に同意する。
「ノノもお腹ペコペコです」
ということで、俺たちはお昼ご飯にした。
逸美ちゃんが作ってきてくれたお弁当をみんなで食べる。作哉くんは自分用にカップ麺まで持ってきていて、自前のお湯を注いで食べた。
凪はなぜかキャンプで使うような網で魚を焼いている。
「おまえ、やっぱり頭おかしいんじゃないか?」
「なに言ってるのさ、開。大自然にいるんだから自然の物を調理したくなるのが生物のさがってもんだよ」
すぐに、作哉くんのカップ麺と凪の魚さんまの匂いでいっぱいになる。
見た目には作哉くんのカップ麺はグロテスクなマヨネーズの残骸みたいになってるけど、匂いは結構するのである。
「せっかくの逸美ちゃんのお弁当が不味くなるから見ないようにしよう……」
「だね」
「うん」
俺と沙耶さんと花音は目をそらし、逸美ちゃんのお弁当に意識を集中させた。
そうして、みんなでお昼ご飯を楽しんでいると、カサカサと音がする。
作哉くんがすぐさま立ち上がって戦闘態勢になる。
ガサッと音がして、そちらにみんなの視線が集まると――。
木の陰から、鈴ちゃんが顔を出した。
「あ、みなさん! よかったー! 匂いがしたから来てみて正解でした」
泣きながら鈴ちゃんがこっちに走って来る。
「鈴ちゃん、無事でよかったよ」
「ほんと、よかったわ~」
「大丈夫ですか?」
俺や逸美ちゃんやノノちゃんがそう言うと、鈴ちゃんは涙目で、
「一時はどうなることかと思いました」
「でも元気そうでなによりだよ。ははっ。鈴ちゃんってばホントおっちょこちょいのせっかちなん……」
言いかけて、すんごい顔して鈴ちゃんが凪をにらんでいるのに気づき、凪は汗を浮かべて焼いていた魚に手を伸ばす。
「いや~。ちょうどいいところ来たよ。元気づけるために焼いていたお魚さんがあるんだった。よかったら食べなよ、いま取り分けるぜ。お魚さんのカルシウムで、イライラも即解消、なんちゃって。はは、あはは」
凪はちゃっちゃと魚を焼いて鈴ちゃんに渡した。
「もうっ! なんて恰好してるんですか! 先輩は本当にしょうがない人です」
ガシッと凪から串にささった魚を受け取って食べる鈴ちゃんだった。
そんな鈴ちゃんを見て、凪がぽつりと言った。
「魚を食べる鈴ちゃん、クマみたいだ」
クマの恰好をしたおまえが言うな。
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