山登りに行こう その6

 基本的には暴力なんて振るわない鈴ちゃんだったから凪がとんでもない仕打ちに遭うことはなかったけど、鈴ちゃんもみんなと合流してお腹いっぱいにお昼ご飯を食べたら機嫌も直ったようだった。

 魚を焼く用の火も凪がちゃんと消して、片付けも済ませる。

 作哉くんは空になったマヨネーズの入れ物をゴミ袋に入れて、バッグにしまい立ち上がった。

「で、どうするんだ?」

 俺は小さく笑いながら言う。

「なに言ってるの。来た道を戻ればいいよ」

「誰か道覚えてる人いる?」

 沙耶さんが聞くが、誰も答えようとしない。

「もしかして、誰も覚えてないなんてこと、ないよね?」

「沙耶さん、たぶん、そのまさかだと思うけど……」

 全員、固まること数秒――。

「うわ~ん、どうすればいいんですかー? パパ~! あたし、死にたくないよー」

「うそー! やめてよー」

 鈴ちゃんと花音がうなだれてしまった。

「やだ~。迷子?」

 のほほんとした調子で言う緊張感のない逸美ちゃん。

 俺は自分の額に冷や汗が浮かぶのを感じた。

「迷子どころの騒ぎじゃないよ。この人数で遭難だよ」

「ほうほう。そうなんですか」

「ダジャレを言ってる場合か!」

 凪のやつ、こんなときにもふざけやがって。

 ノノちゃんは作哉くんのズボンにぎゅっとつかまり、見上げる。

「作哉くん。遭難したらどうなるんですか?」

「助けを呼びたいが電波の調子も悪いしな。まあ、幸いアホの情報屋が魚焼いて煙を出せるから、ひとまずここで焚き火でもするか」

「なるほど。そうだね。さすが作哉くん」

「てことだから凪、また火を起こしてくれる?」

 花音と俺がそう言っても、凪は俺の言葉には耳を貸そうともせずため息をつく。

「なんだよ? こんな状況で天邪鬼か?」

「開。ぼく、さっきのが最後のマッチだったんだ。だからもう無理」

「くそー! どうしよう」

「とにかく歩くしかないんじゃない? さっき言ってたように、南に行くか下に行けばどこかには出られそうだし」

 さすがは沙耶さん、この中で一番年長なだけあって、どっしり構えていて頼りになる。

「それもそうだね。じゃあ、南方向へ行こう。ただし、ここは山だし下に行けば周囲は登山用の入り口や隣接する道路で囲まれてるから、そこまで行ければなんとかなる。希望を持って行こう」

「はい」

 ノノちゃんがしかと返事をして、他のみんなもうなずく。


 歩くこと一時間くらいだろうか。

 俺たちはどこを歩いているのかわからない精神的な疲労も重なり、足が重たくなっていた。

 この先にある茂みで、道を塞がれてしまったようだ。

 凪は茂みと背後を交互に見て、

「どうする? ヒキガエル?」

「それを言うなら引き返す、だろ?」

 こんな凪の言い間違いにもつっこんでやってる俺だったが。

 作哉くんが一歩進み出て、俺たちに振り返る。

「引き返すのはナシだ。オレたちは帰るんだろ?」

 そう問われて、俺たちは真剣な顔になる。

 作哉くんの声も大きくなっていく。

「なにがあってもオレが守ってやる! クマだろうがオオカミだろうがオレなら素手でも勝てる。なんも怖かねェ!」

「作哉くん、カッコイイです」

 ノノちゃんに褒められるが、作哉くんは真剣な顔のまま続ける。

「つーことで、この中だとオレが一番ツエー。だからオレが先に行って見てくる」

 俺は目を輝かせて、

「作哉くん」

「いいってことよ、探偵サン。みんなで出ようぜ!」

「そうだね! 俺たち少年探偵団は、これまでもどんなピンチだって乗り越えてきたもんね!」

「うん、そうよ。わたしたちで力を合わせて乗り越えましょう!」

 と、逸美ちゃんも続く。

「みんなその意気だ! 私も力になるからさ! 諦めるのはまだまだ早いよ」

 沙耶さんがそう言うと、鈴ちゃんが手をあげて、

「それなら! みんなで一度エンジン組みませんか? どうせ誰も見てないですし、やっちゃいましょうよ!」

 嬉々として、そう提案した。

「いいかも~!」

 逸美ちゃんが楽しそうに言って、花音もうんとうなずいた。

「ナイスアイディア!」

「わたしたち少年探偵団の気持ちをひとつにしましょう!」

 と、ノリノリになっていく逸美ちゃん。

 作哉くんも右の拳を握りしめて、左の手のひらにパンと当てる。

「だな!」

 そうして、みんなでエンジンを組んだ。

 肩を組み、輪になる。

「なに言うの?」

 と、凪が聞く。凪がひとり飄々として緊張感もやる気もないのはいつものことなので誰も気にせず、俺が言った。

「やっぱりここは、『少年探偵団、ファイト、オー!』でいいんじゃない?」

「ちょっとベタじゃねェか?」

 と、作哉くんが楽しそうに言うが、鈴ちゃんが笑いながら、

「いいんじゃないですか? それくらいで」

「じゃあわたし、少年探偵団、のところ言いたい」

 逸美ちゃんが立候補したので、俺はうなずいた。

「いいよ。逸美ちゃんがそこね」

「だったら、オレがファイトを言ってやるよ」

 ノノちゃんがワクワクした顔で、

「なんかカッコイイです! ノノは最後オーを思いっきり言いますね」

「あたしも最後は張り切って言っちゃいますよ」

 鈴ちゃんもこの逆境でいつも以上のテンションだ。

「凪ちゃんもテンション上げようよ」

「そう言われても~」

 花音にせかされても相変わらずな凪である。

 そして、沙耶さんが力強くみんなに呼びかけた。

「みんな、準備はいい?」

「はい」

 と、鈴ちゃんとノノちゃんが返事をして、それを合図に逸美ちゃんが声を上げる。

「少年探偵団っ!」

 普段の逸美ちゃんにはない大きな声だ。

「ファイトォォォォ!」

 と、作哉くんの雄叫びにも近い声が響く。

 そして。

「オー!」

 みんなの大きな声が木霊した。

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

オリジナル作品を掲載中。

0コメント

  • 1000 / 1000