手紙を書こう その1
この日、探偵事務所の目の前で道路工事があったため、良人さんの家に来ていた。
メンバーは少年探偵団の六人。
探偵事務所に入れないなら帰ってもいいんじゃないかと思うが、探偵事務所へ行くことはもはや習性になってしまっているから仕方ない。
現在、俺と鈴ちゃんは勉強、逸美ちゃんは読書、作哉くんは他人の家でも堂々と昼寝、ノノちゃんは凪とゲームをしていた。
そして。
良人さんは居間のテーブルに座り、書き物をしているようだった。いや、よく見ればあれは手紙か。
「やあ」
トコトコと凪が歩み寄り、良人さんの顔を見る。
「凪くん、悪いけどあっち行ってて」
「なにしてるの?」
「ああ、これ? これは手紙を書いてるのさ」
あっち行っててと言った割に丁寧に答える良人さん。いい人だ。
凪は手紙と聞いて両手を挙げた。
「わーい。嬉しいな。楽しみにしてるよ。ありがとう」
くるりと背中を向けようとした凪に、良人さんがハッキリ言った。
「別にキミに書いてるわけじゃないから」
「ありがとうございまーす」
ペコリと頭を下げてお礼を言う凪に、良人さんは声のボリュームを上げてつっこむ。
「だから違うって言ってるでしょ! これは別の人に書いてるのっ!」
「えー。そうなのー?」
「そうなのっ」
「なんで?」
「なんでって、ボクの勝手でしょ。いいからあっち行ってよ」
凪は肩をすくめた。
「わかったよ。じゃあね」
しかし、あっさり凪が引き返すと、良人さんは凪のパーカーのフードをつかんだ。
「ちょっとっ! あっさりすぎない? 行かないでよ」
「あっち行ってって言ったり、行かないでって言ったり、世話が焼けますな」
と、凪は手を広げた。
本当にな。俺もそう思うよ。
良人さんはいじられると美味しいと思ってしまうお調子乗りなところがあるから、結局は構ってほしいのだろう。
凪は困ったように腕を組んで言った。
「しょうがないなぁ。聞いてあげるよ」
「ありがとう、凪くん」
「それで、なんて書いてるの?」
「それは言えないよっ」
「どっちなのさ。国語力がないなぁ。そんなんで手紙なんか書けるの?」
「余計なお世話だよ。見ててー! 良い手紙を書いちゃうからねっ」
と、良人さんはまたいそいそとペンを持つ手を動かす。
ノノちゃんがゲーム機から顔を上げて、
「手紙、いいですね。ノノも誰かに書きたいです」
「うんうん、いいよねぇ」
良人さんはにこやかにうなずく。ちょっと得意そうに見える。
凪はまだ律儀に良人さんの横にいて、質問を投げかけた。
「それで、誰に書いてるの?」
「えー。恥ずかしいし言えないよー」
「じゃあなんて書いてるの?」
「それのほうがもっと言えないよ」
恥ずかしそうにそう言って、良人さんはなにやらもだえている。
やれやれというように手を広げて俺を見る凪。
ペタペタ歩いて凪が俺の元まで来て、残念そうに言った。
「良人さん、手紙を書いているんだって」
「うん、聞こえたよ」
「でも、誰になにを書いているのか教えてくれないんだ」
残念そうな凪に、俺は言ってやる。
「それはそうだよ。手紙とかはあまり人に見られたくないものだからね」
「恥ずかしいことですからね」
と、鈴ちゃんは苦笑した。
「うーん、ノノにはわからないです」
ノノちゃんにはまだそういう気持ちがわからないようだ。小学生でもませてる子もいれば、純粋な子もいる。ノノちゃんは後者だからな。
いまも良人さんは鼻の下にペンを挟むという古臭い仕草で悩んでいる。
「むぅ。続きはなんて書こう。難しいなぁ」
凪はそんな良人さんを一瞥し、今度は窓の外を見ながら、平然とひとりごちる。
「そうなのか。良人さんは、人に見せられない手紙を書いているのか」
「……」
「……」
これには俺と鈴ちゃんも反応に困る。
「ねえねえ、開。人に見られたくないほどに恥ずかしいことをしたためて、どういうつもりなのかな?」
「俺が知るかよ」
「あんな真剣な顔で悩み、恥ずかしいことを書く。なんのために書いているんだろう。不思議だなぁ~」
凪は足をプラプラさせて、不思議なことに思いをはせているようだった。
我慢ならなくなった良人さんがバンとテーブルを叩いた。
「もう! そんなに言われたらボクが真剣に卑猥ひわいなことを書いているみたいじゃないか!」
凪が驚いてバッと良人さんを見る。
「えー! 違うの?」
「違うよ! ボクは現在、ファンレターを書いているんだ。ね? 全然卑猥じゃないだろ?」
凪が俺にコソコソと良人さんに聞こえる声で耳打ちする。
「ファンレターだって。良人さんって、結構ピュアボーイなんだね」
「凪くん、全部聞こえてるから」
ジト目で良人さんはつっこんだ。
逸美ちゃんが本から顔を上げて聞いた。
「誰に書いているんですか?」
「あたしも誰のファンなのか気になります」
「ノノもです!」
鈴ちゃんとノノちゃんにも大きな瞳で見つめられて、良人さんは恥ずかしそうに答えた。
「アイドルの、天野春海ちゃんだよ」
芸能関係には詳しくないけど、俺でも知っている。いま大人気のアイドルだ。明るく優しく素直なとても印象のよい子で、ちょっとドジっ子だったと思う。確か俺と同い年くらいだったような気がする。
逸美ちゃんも知っていたようで、
「可愛いわよね」
「へえ。意外ですね」
口に手を当てにやりと微笑む鈴ちゃん。
「そうかな~?」
と、凪が照れたように頭をかく。
「先輩には言ってないです! でも、良人さんってああいう清純派が好きなんですね」
「いま人気ですからね」
鈴ちゃんと俺に言われて、良人さんは顔を赤くしてそっぽを向いて言う。
「ぜ、絶対誰にもナイショだよ」
凪はいつのまにか良人さんの隣に行き、ポンと肩を叩く。
「大丈夫。ここにいる六人の間以外で、わざわざ良人さんの話なんかすることないから」
「そ、それもそうだね。なんか傷つく言い方だけど、もっともだよ。とほほ」
良人さんは背中を丸めた。
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