手紙を書こう その2

 凪が良人さんをせかすように言った。

「良人さんって丸文字だなぁ。あ、ここ曲がってるよ。綺麗に書き直したほうがいいって。早く早く」

「うん、そうだね! いますぐ書き直しだ!」

 良人さんはテーブルに向かって、すぐに凪に向き直る。

「て、なんで勝手にボクの手紙読んでるの! やめてよね。ほら、あっち行った行った」

「ほーい」

 凪は頭の後ろで手を組み、センチメンタルな感じで斜め上を見て詩でも読むように言葉を口ずさむ。

「ボクはキミの笑顔を初めて見たときから、キミのことが大好きになりました。ボクにとってキミは太陽です。いつも元気をくれてありがとう」

「わわわぁ! なに言ってるの! 人が書いた手紙の復唱とかやめてよね!」

 良人さんに口を押えられて、凪は苦しそうにしている。

「そ、そんな手紙書くんですね、へぇ」

 鈴ちゃんは自分のことでもないのにすごく恥ずかしそうにもじもじしている。感受性が豊かっていうか反応がオーバーな子だ。

 逸美ちゃんはうふふと微笑む。

「青春ね~」

「ステキなお手紙です」

 と、ノノちゃんだけは拍手していた。

 やめてやれ。

 しかし、良人さんはノノちゃんのほうを見てにやける。

「そうかな? へへへ」

 良人さんが調子に乗ったこの隙に、ようやく口から良人さんの手が離れて、凪は大きく息をついた。

「はあ。もう、息ができなかったじゃないか」

「ごめんよ。大丈夫かい? じゃなくて、凪くんが勝手にボクの書いた手紙の内容を読むからでしょ」

「でもあれ、一方的に書いてただけで、質問とかなにもなかったじゃない。手紙ならやり取りしないと」

「ダメだよ。どうせお返事なんて来ないんだから」

 そう言われて、凪はたまげたように床に腰を着いた。

「え、え、えー!」

 良人さんは冷めた目で凪を見下ろす。

「なに? 急に驚いて。しかもわざとらしく」

「お返事が来ないのに、なんで手紙を書くの? どんな意味があるの?」

「ファンレターっていうのはそういうものなんだよ。憧れの相手にそんなことは期待せず、ただ感謝の気持ちと自分がどれだけその人のことが好きかを伝えるんだ。そして、これからも頑張ってくださいっていう応援メッセージを書くものなのさ」

 ノノちゃんは「へえ~」と感心している。

 凪はまだわからない顔で眉を中心に寄せ、

「うーん、チチンプイプイだ」

「それを言うならチンプンカンプンだ」

 俺がつっこむと、逸美ちゃんがくすっと微笑んで、

「凪くんにはちょっと早いかもしれないわね」

 凪はまた窓際に行き、窓の外を見ながら言った。

「返事の来ない手紙を書き、本人には相手にされず、それでも頑張って応援する。ファンというのは大変です。良人さんのモチベーションはどこから来ているのでしょうか」

 良人さんはまた恥ずかしがりながら怒って、

「なんだっていいでしょ! ていうかね、モチベーションっていうのは、その人から元気をもらった恩返しがしたいとか、応援したくなるとか、そういうものなの!」

「こうして良人さんは、今日もみんなから元気をもらっています」

 まったく良人さんの話を真剣に聞かず、凪は窓の外にナレーションでもするように言った。

「もうボクに構わないで放っておいてくれ」

 良人さんはがっくり肩を落としたのだった。


 後日、俺がまた良人さんに会ったとき、良人さんは顔を輝かせて報告してきた。

「開くん、この前ファンレター書いたって話あったでしょ?」

「ありましたね」

 実はあの日、家に帰ってから、気になってアイドルの天野春海が出ている番組を見てみたのだ。すごく性格がよさそうで良人さんじゃなくても好きになるのはうなずける。

「それがどうしたんですか?」

「それが、返事が来たんだよ! ほらこれ」

 得意げに見せる良人さん。

 手に取ろうとすると、良人さんはスッとそれを上げる。

「ダメだよ。これはいくら開くんにだって触らせられないな。春海ちゃんとボクだけが触った手紙だもん」

 なんか乙女のようになってるけど、その手紙、郵便局の職員から配達員まで、色んな人が触ってるぞ。

 でも、見れば書いている内容も丁寧で素直そうな文章だった。

「すごくいい子みたいですね」

「だろ? そう思うだろ? ボクなんかに返事をくれるなんて、とってもいい子に決まってるよ」

 ひょいと凪が唐突に現れて、良人さんの持っている手紙を取り上げて読む。

「ふむふむ」

「あー! ボクの手紙! 返してよ」

 凪は手紙を取り返されて、あまり興味なさそうに言った。

「良人さん、その手紙最後まで読んだ?」

「え?」

 俺も一緒になって手紙をのぞき込んで読んでみると、さっき良人さんが指で押さえていた部分に、最後に一文だけあった。

『代筆 赤羽根』

 良人さんは手紙に向かって大きな声で叫んだ。

「誰!?」

 凪は良人さんを見てぼそりとつぶやく。

「知らない人と手紙のやり取りしてなにが楽しいんだろう」

 きっと本人も楽しくてやってるわけじゃないと思うぞ。

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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