大事な紙はしおりにしてはいけない
「よし、一旦ここまでにしておくか」
頭も疲れたし、勉強も一時中断。
にしてもわかりそうでわからないこの問題は、いったいどう解いたらいいんだろう。
参考書を開こうと思ったけど、しかしやはりちょっと休憩することにした。
俺がお茶の間にやってくると、そこでは花音がばあちゃんといっしょにテレビを観ていた。
「お兄ちゃん、勉強終わったの?」
「うん。休憩」
と、こたつに入る。
すると突然、凪が現れた。
こいつが突如としてお化けみたいに出現することなど慣れているので俺は驚かない。
凪は急いでいるふうでもなく、なにかを探すようにお茶の間をぐるぐる見回している。
「なにしてるんだ?」
問いかけると、凪は俺には目もくれず答える。
「実はシリアルコードが書かれた大事な紙がないんだ」
「大事な物を粗末に扱うから失くすんだ」
「粗末になんか扱ってないよ。ぼくは真剣なんだ」
と、凪はふんぞり返って座った。
「真剣に見えないぞ」
どうやら凪も探す気はあるらしく、また立ち上がった。
「凪ちゃん、それってなんのシリアルコードなの?」
律儀に質問する花音に、俺は呆れた声で言う。
「くだらない物に決まってるよ。凪の物だし」
「開、キミってやつはなんてことを言うんだ。あのシリアルコードでボールが100個ももらえるんだぜ? 百匹も捕まえられるんだ」
然るに、そのボールってのはゲームのアイテムである。
あれのことか、と見当がつく。
「おまえ、あのアイテム使わないかもだから花音か良人さんにあげようかなとか言ってなかった?」
「そうなんだ。でも、ぼくもボールが足りなくなってしまってね」
そうかよ。
凪はバッと俺の目の前に来て、
「ということで、探しておくれよ! 探偵王子!」
「やなこった」
しかし花音が横から口を出す。
「探してあげなよ、探偵なんだから」
「そうよ? 探してあげて、探偵王子!」
と、母まで台所から顔を出して言った。
「よっ! 探偵王子~!」
「探偵王子ー!」
凪と花音がはやしたてると、
「探偵王子がなにかするの?」
と、こっちを見るおばあちゃん。
おばあちゃんは俺が探偵王子と呼ばれていることを知らないから、絶対話もわかってない。ただ耳に入った言葉を繰り返しただけなのだ。
俺は大きくため息をついた。
「まったく、わかったよ。みんながうるさいから考えてやるよ」
「おー!」
「探偵王子ー!」
「頑張って」
「はっは」
凪、花音、お母さん、おばあちゃんとリアクションをする。
「どうせ凪のことだから、ゴミに紛れて捨てられてるかもだけどね」
俺は仕方なく、考える。
まずは、これだけは聞いておく。
「ところでおまえ、なんでそんなもんをうちに探しに来たんだ」
凪はこたつに入ってだらけながら答える。
「ぼくが失くしたのがここだからさ」
「なんでうちにあるんだよ? 探偵事務所とかの可能性もあるだろ?」
凪は手をブンブン振って、
「いやいや。ないよ。ぼくがソフトを買ったのはキミのとセットになったダブルパック。つまり、ソフトを開封したのがこの家だからここにあるわけさ」
そういえばそうだったー!
凪が勝手に注文したせいで、俺は凪とセットのダブルパックというのを買ったのだ。このゲームは2バージョンあるから、ダブルパックで買ったほうが特典という点でもお得だったわけである。
「で? 心当たりはあるのか?」
だが、凪は素っ気なく、
「なーい」
「ああそうかよ」
だとすると、凪といっしょにゲームを開けたのはこのお茶の間だったから、この部屋にある可能性が高いってことになる。
「凪、じゃあそっちのチラシのほうは?」
「ずっと溜め込んであるわけじゃないし、見たけどやはりなかったよ」
「だよな」
うーん、と歩きながら考える。
お茶の間を観察していてもなかったので、俺は台所に行った。
うちの台所は、整理整頓が得意じゃない母のせいで、あまりきれいではないのだ。ごちゃごちゃしている感じだろうか。
「開、見つかった?」
俺の後ろから覗き込もうとする凪をよけて、
「おまえも探せ。俺は考える」
「あいあいさー」
とりあえず探しつつ考えを巡らせていると、俺はお茶の間に置きっぱなしになっているマンガを見つけた。
「もしかして……」
あれは凪がさっき持ってきたやつだろうか。
見ていて、俺は閃いてしまった。
「凪、あのマンガの中見てくれ」
「オッケ~。じゃあぼくは読書に戻るね~」
「そうじゃない! そうじゃなくて、マンガに挟まっているんじゃないかって思ったんだ!」
「ほうほう。推理というほどでもないが、いい観察眼だね」
凪はふらりと歩いてマンガを手に取ってページをめくる。
「どう? 凪ちゃん、ある?」
花音が聞くが、凪は手を広げた。
「ないよ。また開の迷推理が炸裂しちゃったぜ」
「またってなんだよ! なにやれやれみたいに言ってんだよ! 他にもうちにはおまえが勝手に読むマンガから雑誌からいろいろあるだろうが」
「わかったよ。ぼくが見るのは開の物がほとんどだし、開の部屋を確認するか」
なんだか凪の呆れたような態度を見ると、どっちが探してもらっているほうなのかわからなくなる。
「おまえ、また俺の部屋に勝手に入ったのかよ」
「お構いなく~」
「それは俺のセリフだ。つーか、許してねーよ。構うよ」
俺は凪と言い合いながら自分の部屋に戻った。
この家の中で唯一整理整頓が得意できれいな部屋である。
凪は俺のマンガの棚から順番に探してゆく。
探している最中に凪が俺のベッドで横になりながらマンガを読んでいるのはこの際黙認してやり、俺もベッドに腰を落ち着けた。
「凪、あった?」
「なーい」
仕方なく俺も探してやる。
ふと、俺は自分の机に置きっぱなしになった参考書が目に入り、同時にさっきまで迷っていた問題の解き方を閃いた。
「もしかして、あれって」
マンガをベッドにぽいっとほうり投げて参考書を手に取る。
「いてっ。マンガ投げないでよ」
勝手に俺のベッドでうつぶせになってマンガを読んでいる凪の頭に当たったらしい。
参考書にはしおり(の代わりの紙切れ)を挟んでいたので、すぐに問題を確認できた。
やっぱり、考え方は合ってる。そのまま解けばいいんだ!
「ん?」
俺は、しおり代わりの紙切れに目を落とした。
げっ。
「……これって」
――少し前の話。
俺が自分の部屋で勉強をしていたとき、凪が今日のごとく俺のベッドゲームをしていたときのことだ。
「凪、しおりとかないかな?」
「どうしたのさ」
「参考書にちょっとしおり挟みたいんだけどなくてさ。ページ折ったりとかは新しいやつだからしたくないんだ。なんかない?」
「なんでもいいの?」
「うん、なんでもいい」
「じゃあこれ。なんか手元にあったやつ」
と、俺のほうも見ずゲームをしながら手渡してきた。
「サンキュー」
そして俺は――
……どんな紙切れか確認せずに使わせてもらったのだ。
と。
そんなことを思い出した。
俺の部屋のドアをノックする音がした。
「お兄ちゃん」
「入っていいよ」
ガチャっと花音が部屋に入ってくる。
「見つかった?」
凪も俺のほうも見ずに聞いた。
「ん? 開、あったのかい?」
俺はため息交じりに凪と花音にその紙を見せてやる。
「見つかったよ」
「すごいじゃん! さすがだね、お兄ちゃん」
と、花音が言った。
凪は呆れたように、
「キミが持ってたのか。やれやれ」
「おまえが渡したんだ! 大事な紙はしおりにするな」
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