テレパシーは使えない その3
探偵事務所のドアが開く。
「こんにちは!」
そこにいたのは、ノノちゃんだった。
「ノノちゃん、こんにちは」
「いらっしゃ~い」
俺と逸美ちゃんが挨拶を返す。
凪が手を挙げて、
「やっほ~。ノノちゃん元気? 作哉くんはいないの?」
「元気です! 作哉くんもすぐ来ますよ! ノノ、探偵事務所が見えたところから先に走ってきたので」
「そっか。それじゃあ、外出はまたあとでだね」
と、凪が俺をチラと見る。
「だね。ノノちゃん、ゆっくりしてってね」
「はい」
元気よく返事をするノノちゃん。
ノノちゃんはチラッと和室のほうを見るが、また向き直る。
その様子を見て、凪はまた言った。
「開、いまノノちゃんがなに考えてるか当てて~」
「え? 開さん、ノノの考えてることがわかるんですか?」
ノノちゃんがキラキラした大きな瞳で俺を見上げる。
「わかるってほどじゃないよ。むしろ普通にわからないから」
俺は苦笑した。
「当ててください」
「いまは考えてること当てて欲しいってことしか考えてないんだろうけど、ついいまさっきまでは、早く探偵事務所に来ておやつを食べるのが楽しみって考えてたでしょ?」
「なんでわかったんですか?」
「開すごい。また当てた。プライバシーの侵害だ~。かっこいいなぁ~」
感動しているノノちゃんには悪いけど、テレパシーでもなんでもない。俺はノノちゃんに種明かしする。
「ただ、階段を上る足音が軽快だったのと、探偵事務所を見て思わず走り出しちゃったってノノちゃんが言っていたことから、ここに到着するのが楽しみだったのかなって思ったんだ。それから、探偵事務所に入ってすぐに和室を見た。正確には、こたつの上を。それでおやつの時間だしおやつ食べたいのかなって思っただけだよ」
逸美ちゃんが「さすがは探偵王子ね」と言うのに対して、凪は不満そうだ。
「そんなのズルだよ。探偵だからって推理しちゃってさ。職権濫用だ。もっとテレパシーとか使ってよ」
「使えるか!」
「えー」
と、凪が不満顔を強くする。
凪がノノちゃんをけしかけて、俺がなにも言う前にまた二人そろって、
「えー」
と、不満顔をした。
「わかったよ。このあとすぐ作哉くん来るし、今度はなにも考えずに作哉くんがなに考えてるか言うよ」
どうせ外れるだろうけど。
つーか、テレパシーなんかあるかよ。
俺の言葉に凪とノノちゃんは喜んで「はい、はい、はいっ」とよくわからないハイタッチのコンボをする。
それから、凪とノノちゃんが俺の一歩後ろで作哉くんが到着するのを待ち構える。
「さあ、早く来い来い作哉くん」
「早く来て来て作哉くんっ」
期待いっぱいの二人と、適当に早く済ませようと待つ俺である。
俺の横では、逸美ちゃんが、トイレに行った鈴ちゃんを心配していた。
「お腹の調子が悪いのかしら~」
「あれはそういうのじゃないって」
はは、と俺が笑って逸美ちゃんも「そうなの~?」とのほほんと笑っていると、乱暴に探偵事務所のドアが開いた。
「来たぜ、探偵サン」
軽い挨拶と共に、作哉くんが登場した。
「あン? オマエらも来てたのか」
そのとき、鈴ちゃんがトイレから出てくる。
「はぁ。もう……」
ため息交じりに顔を上げると、その先に作哉くんがいることに気づく鈴ちゃん。
「あン?」
作哉くんはにらみを利かせて鈴ちゃんに振り返る。
あまりの形相に、鈴ちゃんは涙を流して叫び出した。
「キャー! いや~! ごめんなさいごめんなさい! 助けて~! パパ~!」
そのまま鈴ちゃんはダッシュでトイレに逆戻りしてしまった。
しかし、それも仕方ない。
作哉くんの顔は世紀末かと思うほど、この上なく怖かったのだから。元々まるでヤクザかマフィアみたいに怖い顔がさらに狂気に満ちている。
俺は、鬼の形相の作哉くんを刺激しないように笑顔を作り、
「さ、作哉くん。えっと、その。俺、なにかしたかな? 怒ってるよね? ごめんね!」
「うわあ~。ヤクザくんが怒った~。作哉の襲撃だ~」
と、俺が謝る後ろで凪が身体をそらせるように驚く。その言い間違いはわざとなのか知らないが、こんなに怒り心頭の作哉くんに言っちゃ命に関わるぞ。
しかし、怯える俺たちを見て、作哉くんは小首をかしげる。
「なに言ってんだ? まあいいか。それよりこれ、さっきケーキもらったんだ。いっしょに食おうぜ。今日は仕事も朝のうちに終わるわ学校もないわでサイコーに気分がいいぜ」
完全に呆ける俺たちに引き換え、ノノちゃんだけがバンザイした。
「わーい! 待ってましたー! 早く食べましょう!」
なるほど、ノノちゃんが探偵事務所に来るのを楽しみしていた理由は、ケーキを持ってきたからだったのか。また、こたつの上を確認したのは、他にもお菓子とかないか、これからケーキを食べる場所をただなんとなく見ただけだったのだ。
凪がぽつりとつぶやく。
「人間、見ただけではわからないこともあるね」
「だから言っただろ。テレパシーなんてないって」
「うん。そうだね」
このあと、俺たちは美味しくケーキをいただいた。
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