朝の号令
俺の中学生時代の話。
当時クラスメートだった凪は俺の前の席。
凪の隣には、探偵事務所のお隣さんである浅見羽衣さんが座っていた。
「起立」
日直が朝の号令をかける。
みんなが立ち上がったとき、例にもれず凪も立ち上がったのだが、凪は無表情に浅見さんを見ていた。
否、凪が見ていたのは、浅見さんのイスだ。
どうしたんだろう。
そう思っていると、凪は制服の内ポケットから六角ボルトを取り出した。
なんでこいつはこんなもん持ち歩いているんだよ。
「礼」
みんながお辞儀する。
優等生たる俺は、おバカな凪のことは気にせず、みんなといっしょにお辞儀をした。
「着席」
俺が頭を上げて座ろうとすると、視界に凪を捕らえた。凪は浅見さんのイスを引いて、ネジのゆるんだ部分を工具でしめようとしていたのだ。
一斉にみんなが座る中――
「きゃっ」
浅見さんが、床に尻もちをついてしまった。
そして凪は、「なんだ?」とでも言いたげに浅見さんを見て、また何事もなくイスの修理に戻った。
「いたたー」
涙目で浅見さんはお尻をさすり、その間にも凪はイスの修理を終えた。
「はい、できたよ」
「え? 凪くんが直してくれてたの? ありがとう」
小さな親切大きなお世話な状況でも、このお馬鹿にお礼を言ういい子な浅見さんだった。
そして、こいつの隣の席になったら、座る際には絶対イスの有無を確認しようと誓った俺であった。
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