茶柱 その1
「あー! 立ってる~」
逸美ちゃんは茶柱を発見して喜んだ。
茶柱を俺にも見せるようにして、
「ねえ、見て。開くん」
「ほんとだ。よかったね。なにかいいことあるんじゃない?」
俺が言うが早いか、逸美ちゃんは立ち上がった。
「こうしちゃいられないわ。行かなきゃ」
「どこへ?」
「とにかく外へよ。せっかく茶柱が立っていいことがあるかもしれないんだもん、出かけなくちゃね」
なるほど。
言いたいことはわかるが、俺は逸美ちゃんの服のすそをつかんで言った。
「まずはお茶を飲んでからにしなよ。お茶を飲んで落ち着いて。そうしないと、せっかくいいことがあっても焦ってたら見逃しちゃうかもよ」
「そうですよ。茶柱が入ったお茶、冷めちゃいますよ」
鈴ちゃんにも言われて、逸美ちゃんは照れたように座り直した。
「そうね、そうするわ」
ノノちゃんが小首をかしげて聞いた。
「茶柱が立つといいことがあるんですか?」
これには鈴ちゃんが答える。
「そうよ。縁起がいいことなの」
「そうなんですか。どうして縁起がいいんですか?」
「茶柱が立つことは滅多にないからだよ」
「それに、柱が立つのはいいことだからよ」
と、俺と逸美ちゃんが教えると、ノノちゃんは感心したように口を開いた。
「へえ」
ふと思い出して、俺は逸美ちゃんに質問した。
「ところでさ、茶柱が立ったお茶は人に見られないうちに飲まないといけない、とかいう話なかった?」
「そういえば、そういう説もあるわね。あとは、茶柱が立ったことを人に話すと、その人に幸運が移るって話もあるわ」
「あたし、立った茶柱は着物の左袖に入れるって話も聞いたことあります」
ノノちゃんは困った顔をつぶやく。
「どれが本当なんですか?」
俺は笑って、
「まあ、茶柱が立つってことが縁起がいいことってところまでは確かだよ。だから、細かい迷信は気にしなくていいと思うよ。気の持ちようの問題だからね」
「そうですか。それなら、逸美さんよかったですね!」
笑顔のノノちゃんに言われて、逸美ちゃんもうなずく。
「ありがとう。もし、話した人に幸運が移っても、開くんに移るってことだからいいわ。それじゃあ、お茶を飲んで出かけましょう?」
「やっぱり、俺は行くんだよね」
確認のために聞くと、逸美ちゃんは大きく首肯した。
「もちろん」
現在、探偵事務所にいるのは俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんとノノちゃん。
少年探偵団のメンバーの中でも、凪と作哉くんは来てなかった。
ここで逸美ちゃんと俺が出かけるってことは、鈴ちゃんとノノちゃんがお留守番をすることになる。
「大丈夫?」
「はい。任せてください」
「ノノもいます!」
明るく手を挙げるノノちゃん。
鈴ちゃんも任せてくれと言っているし、ここは任せてしまうか。依頼人が来ることもあんまり多くないし。
ということで、俺と逸美ちゃんは探偵事務所を出る。
「それじゃあよろしくね」
「お願いね~!」
「はーい」
「いってらっしゃーい」
鈴ちゃんとノノちゃんに見送られ、俺と逸美ちゃんはとりあえず外に出た。
しかし、まだ目的地も決まってない。
「どこに行こうか?」
「わたし、どこでもいいわよ~。どこに行ってもいいことある気がする」
「うーん、じゃあデパートとかそっちのほうへ行ってみようか」
「さんせ~い」
こうして、俺と逸美ちゃんはデパートに向かった。
一方。
探偵事務所には入れ違いに凪がやってきていた。
「あれ? 開は?」
「逸美さんと出かけました」
「ノノたちがお留守番です」
ドヤ顔するノノちゃん。
凪が説明を求めて、鈴ちゃんが話をした。
「なんだって? それじゃあ、開だけ美味しいものを食べる気だな。ずるいや」
「そうとは限りませんよ」
「いや、絶対そうさ。逸美さんは食いしん坊だもん」
「それは否定しませんけど」
「おや? これが逸美さんのところに入った茶柱か。ふむ」
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