ノーベル賞
お茶の間で、俺は読書していた。
俺の横では花音がスマホをいじっていて、ばあちゃんはクロスワードパズルの雑誌を地道に進めている。
ばあちゃんがぼやく。
「英語? 英語ねぇ……」
なんか悩んでいるように見えたので、俺は聞いた。
「どうしたの? 英語って言ってたけど」
「うーん、そうなのよ。英語がねぇ」
英語がなんだ?
これには花音もスマホから顔を上げて、
「クロスワードの問題?」
「そう。英語でなんて言うのかって」
「なにを英語にすればいいの?」
「小説。ノ、から始まる言葉」
これには勉強の苦手な中学一年生には難しかったようで、眉間にシワを寄せることさえせず考えることを諦めている花音である。
俺が教えてあげる。
「『ノベル』」
「いいよ」
ん?
花音はいいよとなにかを促すように言うけれど、いったいなにがいいのかわからない。
「言っていいよ」
そこで、俺は「ああ」と理解する。
「『ノベル』って、言うって意味の『述べる』じゃないよ。小説は英語で『ノベル』っていうんだ」
「そうだったの!?」
驚く花音。
ちょっとおバカさんの花音ならでは勘違いだ。
ばあちゃんはペンを走らせて、
「ありがとね」
と、お礼を言った。
「うん。これくらいお安い御用さ」
そのとき、凪がお茶の間に来た。
「なんの話してたの?」
「小説が英語で『ノベル』っていうんだよって教えてたんだ」
俺がそう言うと、凪は花音に向かって、
「知ってるかい? 花音ちゃん、ノーベル賞ってあるだろ? あれは、いい小説を書いた人に贈られる賞なんだ」
「そっか! だからノーベル賞なんだ! 凪ちゃんも頭いいね」
花音が目を輝かせる。
この妹はやはり、騙されやすい。そんなわけないじゃないか。
このまま間違った知識を植え付けられた妹が世に解き放たれたらマズイので、俺は真実を伝えることにした。
「花音。ノーベル賞は、ノベルじゃなくてノーベルだろ? あれは、ノーベルっていう人が作った賞だからノーベル賞っていうんだ。確かに優れた文学にも与えられる賞だけど、受賞する分野も様々なんだよ」
「え? 凪ちゃんまた嘘ついたの!? もうやめてよ~」
あはは、と楽しそうに笑う花音。
「まったく、花音は騙されやすいんだから」
と、俺も笑った。
しかし凪は真顔で、
「いや、一応ぼくは嘘なんてついてないよ。勘違いしたのは花音ちゃんじゃないか」
「確かに、凪ちゃんは一言もノベルだからノーベル賞とは言ってないね」
「ぼくじゃなくて、開が嘘ついてるんだよ。騙されちゃダメさ、花音ちゃん」
「え!? どんな?」
「俺は嘘なんてついてねーよ」
驚く花音と、やれやれとつっこむ俺。
そして、凪は言った。
「賞を作ったのはノーベルじゃないんだ。ノーベルの遺言によって、のちにいろんなおじさんたちによって作られたのさ」
「へえ~……ん? あれ? また凪ちゃん、嘘ついた? それともお兄ちゃんが間違ってたの?」
俺はため息をついた。
「凪の言ってることは正しいけど、凪のそれは揚げ足取りっていうんだよ」
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