電車での親切
俺は凪と電車に乗っていた。
とある依頼で出向くためだ。
ちょうど目の前の席が空いて、俺と凪はその席に腰を下ろす。
すると、目の前におばさんがやってきた。やや小太りなおばさんで、年は五十を過ぎていると思う。
おばさんは、俺と凪をにらんだ。買い物袋を持っていることから、自分は荷物を持っているんだし若い人はつり革につかまって立つべきだとでも言いたいのだろう。
けれど、俺はすでに歩き疲れと少しの体調の悪さがありあまり立ちたくない。
チラと凪を横目に見ると、凪は携帯ゲーム機を取り出してゲームを始めてしまった。
それに気を悪くしたおばさんは、すごい顔で凪とゲームを交互ににらむ。
うわー。あんなに思いっきり見られたら、さすがに凪でも席を譲らざるを得ないだろうな。ていうかおばさん、凪のこと見過ぎだろ。顔近っ。
「……ん?」
凪は、おばさんの視線に気づいて顔を上げた。
おばさんはモノ申したげに凪とばっちり目を合わせる。図々しい人だ。
果たして、凪は言った。
「おばさん、譲りましょうか?」
ここで、おばさんはにっこり笑顔になる。
「どうも」
お年寄り扱いはされたくないけど席を譲ってほしいおばさんの願いが通じたみたいだ。やれやれ。この人が隣だとぎゅうぎゅう押されそうで座られるの嫌だな。
と、そう思ったとき。
凪はバッグからぴらりと一枚の紙を出し、それをおばさんに差し出した。
「どうぞ。シリアルコード」
それは、凪がやっているゲームでレアなモンスターがもらえるシリアルコードつきの紙だった。
「いや~。おばさんもこのゲームやってたんだね」
「へ?」
と、おばさんは目をぱちくりさせる。
「さっきからぼくのゲーム画面ガン見だったもん、さすがに気づくよ。近すぎだったし。ははっ。お礼はいいからね。ふたりで喫茶店とか行きたくないしさ」
「……」
おばさんが言葉に詰まらせたとき、電車が停止した。
向かい側には鈍行の電車が来ており、そちらはすいている。
「行くぞ」
俺は凪を引っ張ってそっちの鈍行に切り替えることにした。
いくらなんでも気まずい。
おばさんは凪にもらった紙を見たまま固まっており、俺は別の電車に乗って腰を下ろす。
このあと、さらに人が乗ってきて、思いのほか鈍行も満席になってしまった。
そんなタイミングで最後におばあさんが乗り込んできた。丸いメガネをかけた白髪のおばあさんだ。
おばあさんは席を見回して、小さくため息をつく。
「あ、おばあさん」
凪はゲーム機をバッグにしまって席を立ち上がった。
「どうぞ。譲りましょうか?」
「ありがとうございます」
おばあさんは嬉しそうに微笑み、電車はゆっくりと出発した。
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