運転免許を取りに行こう その1
「今日はいい天気~。ドライブ日和だわ~」
うきうきした足取りで逸美ちゃんが言った。
「でも逸美ちゃん、今日は逸美ちゃんの初教習でしょ。楽しむのはいいけど気を付けてね」
「わかってまーす」
この笑顔、本当にわかってるのかな……。
ことの発端は一週間ほど前。
探偵事務所でいつものように依頼人さんの話を聞いていると、その人はドライブが好きらしいのだ。車の話を聞かされて、逸美ちゃんは運転がしたくなったというわけである。
依頼人が帰ったあと。
「ドライブしたいなぁ。こう、スイスイ~っと」
と、ハンドルを動かすマネをする。
「いいね! ドライブ。楽しそう」
「ねっ。開くんを隣に乗せてかっこよく海沿いを走るの~」
おお、それいいかも。ちょっとときめいてしまった。て、俺は女子か!
「いろんなところに行っていろんな物を食べるのもいいかも~」
「食巡りもいいね。逸美ちゃんは免許って取らないの?」
「8月になって夏休みに入ったら取るつもりなの。大学生ってそういう人が多いんだって」
「でも、上京して夏休みに地元帰って取る人はともかく、短期で済ませるつもりじゃなければ休みの日を使っていまからでも取れるんじゃない?」
俺の言葉を聞いていた逸美ちゃんが、ハッとした顔になる。
「確かに~! 言われてみればそうだわ。いまからでも教習所に通えるじゃな~い」
「そのパターンははなから考えてなかったんだ」
「よし! 決めた。わたし、免許を取ります」
「うん、頑張ってね!」
「お姉ちゃんに任せなさい」
デデーンと腕まくりするポーズまで決めて、逸美ちゃんは免許取得を決意した。
そして一週間後の今日。
俺は逸美ちゃんと教習所に向かっていた。
まあ、俺はただの付き添いだけど。逸美ちゃんが一人じゃ心細いというので、初回ということもありついてきてあげたのだ。
教習所に到着した。
そこには、若い人から年配な方までいたけど、やっぱり若い人が多い印象だ。これが8月くらいになるとほとんどが大学生なんだろうな。
受け付けを済ませて待合室のソファーに並んで腰かける。
「逸美ちゃん、緊張してない?」
「大丈夫よ。むしろ楽しみ」
「ははっ。心強い」
あれ? 心細いからついてきてくれって言われた気がするんだけど、まあ逸美ちゃんが緊張もなくいられるならいっか。
あとは実際に学科の講習をして、そのあと実技をする。
ドアが開いた。
「あ、開くん。逸美さん」
見ると、そこにいたのは、冴えない普通の人、ただしヒゲだけは濃い一浪した大学一年生、良人さんだった。
「こんにちは」
「どうも~」
ガラス張りだからここからも外は見えるのだが、気にしていなかった。まさかこんなところで会うなんて。
「良人さんも免許を取りに来たんですか?」
「もちろん。ボク今日からここに入所するんだ」
「良人さんもムショ暮らしか~。いつかはやらかすと思ってたけど、いくら冴えないからって犯罪はいかんよ」
「ごめんなさい、つい出来心で……」
と、謝って、良人さんはバッと横を見る。
「凪くん!? なに言わせるの! ボクが入所するのは刑務所じゃなくて、教習所」
「ほうほう。そうでしたか。良人さんはまだただのお人よしだったのか」
「一言余計だよ。それにしても、なんで凪くんがこんなところに?」
「ぼくは情報屋だからね、ちょっと面白い情報がないかと思って情報収集に来たのさ」
そう言って、良人さんをじーっと見る。
「なに? ボクは別に面白いことなんてしないしなにもしないからね」
凪は驚いたように一歩後ずさって、
「えー! 良人さん、教習所に来たのになにもしないの? じゃあなにしに来たの」
ジト目で凪に見られて、良人さんはため息をつく。
「免許を取りに来たに決まってるでしょ。講習だけ受けにきたの」
「なんだ。そっか。じゃあやっぱり、ぼくの見立てに間違いないな」
「だから面白いことなんてしないよ!?」
また、はあとため息をついて良人さんは俺の隣に座った。
「開くんは逸美さんの付き添い?」
「はい」
「ボクも付き添いに来てくれるような子がいたらな」
すると、ポンポンと凪が良人さんの肩を叩く。
「ぼくがいるじゃない」
良人さんは落ち込んだようにうつむく。
「せめてちゃんと一人で来られたらな……」
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