運転免許を取りに行こう その3
運転免許を取るために、逸美ちゃんが教習所に入所した。
それと同時に、奇遇にも良人さんも教習所に入所したのだった。
午前の学科の講義は終わり、午後の実習が始まった。
良人さんが運転をしたのだが、最初は危なかったものの(ちょっとこすってたし)、しばらくするとだいぶうまくなっていた。
そして、良人さんの実習が終わって戻ってくる。
「いや~。一時はどうなることかと思ったけど、なんとか運転できるようになってきたよ」
「良人さん、弁償はしなくていいの?」
「ああ、こすったところ? あれはいいんだってさ。よくあるみたいだしね」
よくはないだろ。いや、あるのか?
俺は逸美ちゃんに向き直る。
「逸美ちゃん、今度は逸美ちゃんの番だよ」
「そうね。楽しみ~」
「ほんと、全然緊張しないんだね」
「だって、開くんがいるから」
笑顔でそう言われると、ちょっとドキッとしてしまう。
俺は照れくさいのを隠して、
「そっか。そう言われると、ついてきた甲斐があったってもんだよ」
「ふふ。ありがとね」
「いいって」
「じゃあ、行きましょっか」
「うん」
歩き出す逸美ちゃんに続いて、俺も足を踏み出す。
が。
俺は踏みとどまる。
「いや、ちょっと待って。俺はそこまでは行けないから」
逸美ちゃんが振り返って悲しそうな顔になる。
「えー。なんで?」
「なんでって言われても」
「それじゃあ、わたし不安で運転できない」
もしかして、朝からうきうきしてたのって、もういきなり俺を乗せていっしょに運転したりドライブできると思ってたからなのか?
普通できるわけないだろ。
すると、向こうから逸美ちゃんの担当になった教官のおじさんが歩いてきた。
「なにしてるの? もう始まるよ」
「教官さん、開くんがいっしょには来れないって言うんです」
「はい?」
教官さんも訳がわからず首をかしげる。
「開くん」
と、逸美ちゃんが俺の元に来る。
そんな逸美ちゃんの背中に教官のおじさんが言った。
「あの、悪いんだけど早くしてもらえる?」
「教官さん、開くんといっしょに乗ってもいいですか? できれば、開くんが助手席で」
「ダメだよ。ダメに決まってるでしょ。ただでさえ関係ない人を実習には乗せられないのに、ましてや助手席なんて」
「開くんは関係なくなんかありません。わたしの大事な大事な可愛い弟なんです」
「弟くんでもダメだからね」
俺はこそっと、
「すみません、弟ではないです」
と、訂正だけしておいた。
「凪くんも良人さんの車に乗ってたのに?」
「凪くん? お人よしさん? 誰それ。関係ないから」
教官さんに名前を間違われて、「ボクはお人よしじゃなくて良人ですっ」と小声で言う良人さん。
逸美ちゃんが俺に抱きつき、寂しそうに言う。
「開くん。いっしょに乗っちゃダメなんだって」
「だよね」
「楽しみにしてたのに」
「そんな悲しそうな顔でこっち見てもダメ」
と、教官さんが困ったように悲しげな瞳を向ける逸美ちゃんから目をそらす。
俺は小さく会釈して「すみません」と謝っておく。
「開くん、わたし頑張ってくるからね。そうしたら、次はいっしょに乗ろうね」
「次っていうか、ちゃんと免許取るまではいっしょに乗れないからね。いいからこっちに来て、さっさと実習始めさせてもらえないかな」
と、教官のおじさんは呆れ顔でつっこんだ。
「わたし、行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
こうして、ようやく逸美ちゃんが俺から離れて実習を始めた。
良人さんが俺の隣に来て、
「やれやれ。逸美さんもちょっと天然だと思ってたけど、本当に開くん大好きなブラコンお姉さんって感じなんだね」
「まあ、普段はしっかりしてたりするときもあるにはあるんですけどね」
ふと、俺は思い出す。
「そういえば、凪は?」
「え、凪くん?」
二人でぐるりと見まわしていると、「キャーッ」という女性の叫び声が聞こえた。
「あっちか」
見ると、自転車に乗って教習所のコースを走っている凪がいた。
「あいつ、なにやってんだ」
「なんで自転車……?」
呆然としている良人さんのことは置いておいて、俺はダッシュで危険運転している凪のほうへと駆けていく。
ヤンキーみたいな人がバイクの練習をしている横をヒュンと凪が通り過ぎる。
「おわぁ」
思わずこけて尻もちついたたヤンキーが凪の背中をにらみつけ、
「あのヤロー。ふざけた乗り方しやがって。て、うおぉーい! しかもよく見りゃ自転車じゃねーかコラ!」
すると、すっと横におじいちゃん教官が現れる。この人、確か午前中に逸美ちゃんと良人さんの講義をしていたおじいちゃんだ。
「なにを言っておる。彼の乗り方はふざけてなんかおらん」
「ハァ?」
「よく見てみい」
俺とヤンキーが凪をよく見る。
「あの少年、手信号を忘れてない。あんな乗り方ができる者はそうそうおらんじゃろう」
「だからなんだよ」
怒鳴る気力のないヤンキーがぼそっと言ったが、正直俺もそう思う。
おじいちゃんはうんうんと感心して凪を見ていたが、凪はコースを走っている車やバイクに乗っている人を驚かせてはパニックを引き起こしていた。止めてやれよ、おじいちゃん。
「ギャー」
「なにこの子っ!」
「早っ! 危なっ!」
「いや~ん、ぶつかるぅ~! 開くん助けて~!」
俺は、大きくため息をついた。
「やれやれ」
これからどうなることやら。
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